筒井康隆の「モナドの領域」

jpeg000 86筒井康隆の「モナドの領域」を読了。作者曰く、「わが最高傑作にして、おそらくは最後の長篇」ということです。
タイトルの「モナド」はライプニッツのモナドロジーのモナドというより、「プログラムの集合体」といった意味のようです。
出だしは、切り落とされた女性の腕が河原に落ちているというミステリー風に始まりますが、途中からミステリーとはうって変わったある意味哲学的な内容になります。何故哲学的になるのかはネタばらしになるので書きません。
最近たまたまフレドリック・ブラウンの2つの長編、唯我論的な「火星人ゴーホーム」と、多元宇宙を扱った「発狂した宇宙」を続けて読みましたが、筒井康隆のこの作品はこのSFの2大相反テーマを一つにまとめたような内容です。
私個人は、この作品が筒井康隆の最高傑作だとは思いませんが、筒井の哲学的な思弁の集大成であることは認めます。作品としては「聖痕」のようなものの方が好きです。まあでも、「壊れかた指南」の時は本当に壊れてしまったのかと思いましたが、80歳過ぎてこれだけの作品をまだ書けるというエネルギーはすごいと思います。

古今亭志ん生の「稽古屋、後生鰻、らくだ、巌流島」

jpeg000 95落語、本日は大ネタの「らくだ」が聴いてみたくなって、古今亭志ん生の「稽古屋、後生鰻、らくだ、巌流島」を取り寄せて聴いてみました。
稽古屋は音曲噺で、志ん生のいい喉を聴くことができます。
後生鰻は志ん生が得意とした噺で、殺生を嫌う旦那が鰻屋からうなぎを買い取って川へ放してやっていたのが、ある日うなぎがないので代わりに…というお噺。
らくだは、屑屋が酒を飲んで態度を豹変させる所で終わっているショートバージョンです。体が大きくて無法者で「らくだ」というあだ名のお兄さんが、フグにあたって死んでしまって、その兄貴分が葬儀を出そうと大家や八百屋を脅かす噺です。酔っ払いの描写に関しては志ん生以上の落語家はいません。
巌流島は「岸柳島」とも表記されますが、乗合船に乗り合わせた無法な侍を年取ったお武家がうまく謀って川中島に侍を置き去りにする噺です。元は上方の噺で、志ん生がくすぐりを多数追加して滑稽なお噺に変えたみたいです。

小林信彦の「大統領の密使」

jpeg000 84小林信彦の「大統領の密使」を再読。オヨヨ大統領シリーズで、初めての大人向けの作品で、ジュブナイルの「オヨヨ島の冒険」「怪人オヨヨ大統領」に続いて3番目に書かれたものです。内容はドタバタコメディでありながら、本格的なミステリーにもなっていて、ミステリーマニアの「SRの会」が1971年のベストミステリーに選んでいます。内容は、DJの今似見手郎(実在のアナウンサー今仁哲夫がモデル)がホテルのギデオン聖書を出来心で持ち帰った所、その聖書にはマイクロフィルムが隠されていてオヨヨ大統領の組織が登場して、という話です。丹下左膳の「こけ猿の壺」や映画の「マルタの鷹」のようなお宝争奪戦です。宍戸錠の「エースのジョー」と「あしたのジョー」をパロった「きのうのジョー」とか、日本テレビの有名プロデューサーの細野邦彦(「裏番組をぶっとばせ!」「ウィークエンダー」)と井原高忠(「ゲバゲバ90分」「11PM」)をモデルとする細井忠邦とか、007ことジェームズ・ボンドの遺児(いいのか?ジェームズ・ボンドは「007は2度死ぬ」の中で浜美枝が演じていた日本人の海女のキッシー鈴木との間に子供ができたことになっています)とか登場します。その他、今似DJのファンだという謎のキャラクターである「青木の奥さん」が神出鬼没に登場して狂言回しの役を演じます。オヨヨ大統領も、ジュブナイルでは単なるお笑いキャラ的でしたが、本作品でようやく悪役らしくなります。
他の特長としては、両国生まれの作者らしく、登場する場所が下町に集中しているのと、きのうのジョーが昭和20年代を回顧するのが興味深いです。

古今亭志ん朝の「百年目」

jpeg000 93落語、今日は志ん朝の「百年目」。店の中でいつも小言ばかり言っている商売一筋の堅物に見える番頭さんが、実は大変な遊び人で、ある日芸者と花見に出かけてそこで店の旦那とばったり会ってしまい、遊びをやっていたことがばれて…というお噺です。
登場人物が大変多いのですが、志ん朝の演じ分けが見事ですし、長い噺ですが志ん朝のトントントンと噺を運ぶテンポが実に気持ちいいです。

小林信彦の「セプテンバー・ソングのように 1946-1989」

jpeg000 82小林信彦の「セプテンバー・ソングのように 1946-1989」を再読。この本は小林信彦のエッセイを集めた本ですが、特筆すべきは「1946-1989」となっているように、1946年の当時13歳で中学2年生だった小林信彦の夏休みの日記(学校に提出したもの)がそのまま掲載されていることです。戦争が終わり「平和になって初めての夏休み」ですが、それは明るさに満ちたもので、小林少年は先輩たちが開いてくれた夏期スクール、昆虫採集、映画、読書に熱中します。
タイトルの「セプテンバー・ソングのように」というエッセイは、映画評論家の荻昌弘さんへの追悼文です。
「セプテンバー・ソング」は作詞マクスウェル・アンダーソン、作曲クルト・ワイルによる名曲で、日本では1952年に公開された映画「旅愁」のテーマ曲として使われてから有名になりました。「9月になると日は短くなっていく」と歌われていますが、これが人生のたとえにもなっています。
表紙のイラストは江口寿史です。江口寿史は最近復刊された「極東セレナーデ」でも表紙を描いています。