白井喬二の「登龍橋」

白井喬二の「登龍橋」を読了。こちらもわずか12ページの短篇です。「耳の半蔵」と呼ばれた名与力の瀬尾半蔵が、年齢62になって引退を願い出ようと、自らが「登龍橋」と秘かに呼んでいる大江奉行の屋敷の橋を渡ろうとした時に、たまたまタケノコ売りの声が聞こえ、その話をヒントに、半蔵が手がけた事件の中で唯一失敗した真珠貝盗猟事件の謎を解き明かし、犯人が偽物のタケノコの中に真珠貝を隠していたのを突き止めるという話です。「耳の半蔵」だからヒントを耳から得る、というのが面白いですが、タケノコの中に隠すというのは、まあ白井らしい奇抜な発想です。

セオドア・メルフィ監督の「ドリーム」(“Hidden Figures”)

「ドリーム」観て来ました。「ドリーム」は日本向けタイトルで、オリジナルは”Hidden Figures”みたいです。1961年の話で、当時アメリカはソ連に宇宙開発で完全に遅れを取っていて、ソ連から核ミサイルで攻撃されることを本気で心配していました。映画にも出て来ましたが、核攻撃を受けたら机の下に潜りましょう、なんて教育を本当にやっていたみたいです。(アニメの「アイアン・ジャイアント」にもそういうシーンが出て来ました。)そこにケネディが大統領になって、最初は巨額の費用がかかる宇宙開発に消極的でしたが、すぐに考えを改め、「10年以内に月に人を送り込む」ことを宣言します。そうした宇宙開発にはアメリカ中のthe best and the brightestと呼ばれた優秀な人員が集められましたが、その中に黒人女性も含まれていました。この映画は黒人女性の数学者がその能力を活かしてNASAで活躍しますが、公民権運動もまだ始まったばかりの頃で、エリート揃いのNASAでもしっかり差別が存在し、主人公達を悩ませます。しかし彼女たちはとてもたくましく差別を一つ一つ打ち破っていき、ついにはNASAの宇宙開発にとって無くてはならない存在になって行きます。後は1961年というのは私の生まれた年で、色んなものが懐かしかったですね。ケネディ大統領とキング牧師の姿が出て来ましたし、いかにも昔のアメ車といった自動車や、IBMのゴルフボールのタイプライターや初期のメインフレームとパンチカード。亡父は九州大学の数学科の出ですが、昔その同窓生名簿を見たら、コンピューター関係で働いている人がたくさんいました。この映画でもそうですが、初期のコンピューターをやっていた人は数学科の出身の人が多かったのだと思います。全体的にはとても良い映画でした。アメリカが本当の意味でグレートだった時代です。

白井喬二の「竹林午睡記」

白井喬二の「竹林午睡記」を読了。わずか12ページの短い作品。江戸の捕物制度の基礎を作った蘭学者の倉田九五が、自分が学んだ探偵術を実践しようと隠密に成ることを願い出て許されるが、なかなか適当な事件は起きず昼寝を繰り返す毎日。そこに大和小僧という盗賊が間もなく処刑されるという話を聴き、大和小僧の犯罪とされている西洋時計の紛失の謎を解こうとします。大和小僧の処刑の日に、犯人と目星を付けた人物を糾弾するのですが、その話を聴いていた別の人物が逃亡して、犯人はそっちだったという、探偵術が役には立たなかったお話です。

白井喬二の「捕物源平記」

白井喬二の「捕物源平記」を読了。読了といっても、第26席より第30席まで欠落しており、なおかつ第40席で終わってしまって未完という作品です。ですが、白井喬二の捕物小説の中では一番良く出来ているのではないかと思い、完成していないのが非常に残念です。お話は、徳川綱吉が将軍だった頃の話で、平家の子孫が平家再興を目指して同志を集めていこうとするのに対し、名与力の島桐助太郎がその動きを察知し、その同志を捕らえようとして丁々発止の争いをするというものです。おそらく与力方が源氏と見なされていて「源平記」になっていると思います。最初に平家の子孫の一人大鹿毛舎人がそうだと分かるのが面白く、絵師の狩野雪信がある宿の主人に頼まれてある屏風に平家の公達の絵を描くために、平家の公達の面影があるモデルを探していて、それで舎人を見いだすというものです。舎人は雪信から、もう一人モデル候補がいたことを聴き、それが住月庫人で庫人も平家の子孫でした。舎人が庫人に会いに行くと、庫人は与力の助太郎によって捕らえられており、舎人は庫人の破牢を手伝います。
途中をはしょりますが、舎人はある日平家の時代から伝わる大切な緞子の財布を掏摸に擦られてしまいますが、その掏摸がたまたま助太郎に捕まって、助太郎はその財布が平家の子孫に関係があると睨み、ある商人に鑑定を頼みます。鑑定は見事に行われたのですが、その財布は途中で盗まれてしまいます。しかし、それは助太郎がその商人が唐人西僚というどちらの味方になるか分からない怪しい学者と昵懇なのを知っていたため、財布が盗まれたのは実は助太郎の自作自演で自分が平家の子孫を探っていることを西僚に知られないようにするためでした。という感じでなかなかストーリーは凝っています。
何故未完の作品が平凡社の全集に収録されたかの事情は不明ですが、一部だけでも読む価値は十分にあったと思います。

白井喬二の「随筆感想集」(平凡社の全集の第15巻収録)

平凡社の白井喬二全集の第15巻に収録されている「随筆感想集」を読了。全体に、随筆として非常に面白いという物は少なかったですが、白井喬二に関する色々な事を知る資料としては貴重でした。
一つ後悔したのは、「幸吉君の印象」というエッセイを読んだ時で、このエッセイは夭折した画家の小野幸吉と白井喬二の交わりの話なのですが、調べてみたら、小野幸吉は酒田市の生まれで、その作品は本間美術館に展示されているとのことでした。旅行前にこのエッセイを読んでいたら、8月の旅行で本間美術館に行ったのに!と残念に思いました。(今回、本間屋敷には行ったのですが、そこで入場券を買う時に、本間美術館と共通券にしますかと聞かれて、時間もあまり残っていなかったので断ってしまったのでした。)
また、いくつかのエッセイで小説と歴史の区別が論じられます。以前もこのことについて書いたことがありますが、白井は「歴史」はその時々の為政者によって都合良くでっち上げられたものであるという考えを持っており、小説の役目はむしろそういう「正史」には出てこない本当の真実をあぶり出すことだと考えていたようです。また白井によれば「史」が最後に付く歴史書はそういう為政者によるでっち上げがほとんどですが、「志」が最後につくものは比較的真実が書かれていることが多いといのことです。白井の「捕物にっぽん志」で何故「志」が使われているのか、これで謎が解けました。
後は細かいことですが、白井が夏の暑さを「九十度」と表現しているのが気になりました。これは明らかに華氏での表現ですが、日本で華氏が一般的に使われたことがあったのでしょうか?