原子力潜水艦シービュー号の”Time Lock”

原子力潜水艦シービュー号の”Time Lock”を観ました。またもWelch脚本ですが、この話は割と楽しめました。ただ、シービュー号の話というより、タイム・トンネルの話と言った方が良く、タイム・トンネルの中にも良く似たプロットの話があります。(どっちが先か分かりませんが、放映時期はほぼ同じ頃です。)ある29世紀の男が、その世界では既に戦争は無くなっていますが、アレクサンダー大王やナポレオンなどの古今の有名な軍人をタイムマシンで拉致し、ある機械でその知識を吸い取った後は、彼の命令するがままに動く人形として扱うことをやっています。その中の一人にネルソン提督が選ばれてしまい、シービュー号の中に突然現れたアーウィン・アレンお得意の顔を銀色に塗ったアンドロイドがネルソン提督を拉致します。実は彼の真の目的は戦争の無くなった時代に戦争の知識を集めて、実は彼自身の戦争を起こして世界を征服することであることをネルソン提督が見破ります。ネルソン提督が未来に飛ばされた後、シャーキーも手違いで飛ばされ、そのシャーキーが銃で撃たれて傷つきながら、血でハンカチにメッセージを書いてシービュー号の中の転送装置に送り、それをクレーン艦長が読み、グレネードランチャーを持って未来に乗り込みます。未来人も彼のコレクションも目が弱く光に弱いことをシャーキーに教えられ、クレーン艦長は携帯ライトを使いながら未来人の基地に侵入し、ネルソン提督を救助し、最後に基地を吹っ飛ばします。

ピーター・ファレリーの「グリーンブック」

今日(13日)は有給休暇を取っています。「グリーンブック」を今さらですが観てきました。字幕が「戸田奈津子」というのを見た瞬間に間違い探しモードに入りました。そして冒頭からやってくれて、「この映画は実話です。」と訳していましたが、実際は「実話にインスパイアされた映画」と言っています。実際にアフリカン・アメリカンのピアニストの遺族から事実と違うと抗議が来ているそうで、この辺りの無神経な杜撰さこそ、まさに戸田奈津子字幕です。
私にとって印象的なシーンは車の中でトニーがシャーリーに家族のことについて聞き、シャーリーが別れた奥さんの名前が「ジューン」であると言います。するとトニーが「名犬ラッシーの女優と同じ名前だ!」と言います。トニーが言っているのは、ジューン・ロックハートで「宇宙家族ロビンソン」でモーリーンお母さんを演じている女優です。
全体的には、先日の「ドリーム」と同じで、この頃のアメリカの人種差別が如何にひどかったか改めて認識出来ました。タイトルの「グリーンブック」とは、その頃南部でアフリカン・アメリカンを泊めてくれるホテルを記載した小冊子のことです。
シャーリーが最後の演奏会で、そこで主賓として演奏するのに、そのレストランはアフリカン・アメリカンに食事を出さないというのに怒り、演奏会をキャンセルします。そしてトニーと2人でアフリカン・アメリカンが集まるバーに行き、そこで店の女性に請われてピアノを演奏しますが、それがいつも彼が演奏しているポピュラー音楽ではなく、ショパン(エチュードの「木枯らし」)だったのが印象的でした。アメリカではクラシック音楽の需要は欧州に比べるとはるかに低く、ましてやアフリカン・アメリカンでは確かにコンサートピアニストとして生きていくのはまず無理だったと思います。
後トニーが酒場で、ケネディ大統領の就任演説の名文句を無茶苦茶に引用するのに笑えました。
全体としてはとてもいい映画でした。しかし、アメリカでは評価がまっぷたつに割れているそうで、それも分かるような気がします。

原子力潜水艦シービュー号の”Fatal Cargo”

原子力潜水艦シービュー号の”Fatal Cargo”を観ました。またもWelch脚本。で、今回のモンスターは白いゴリラです。ある博士がこの白い凶暴なゴリラの脳を完全に操る装置を発明したのですが、邪なその助手が、ゴリラを誘導するペンをその博士の胸に挿して、ゴリラに博士を襲わせて殺します。その後にやって来たネルソン提督は、シービュー号の上陸部隊に命じて(フライングサブで相当な時間を飛行して来たのに、上陸パーティーはほとんど瞬時に到着します。まあWelch脚本で突っ込んでも仕方がありませんが。)、ゴリラをトランキライザーで撃って眠らせ捕まえてシービュー号に持ち込みます。後はお約束で、邪な助手がゴリラを操ってシービュー号の中で大暴れさせて、という話です。でそのゴリラですが、当然のことながら着ぐるみです。なのでゴリラといいつつ身長が人間と変わらないので、あまり怖さが無いのですが。この頃は、こういう着ぐるみ専門のアクターがいて、自分で着ぐるみを作って色んな番組に出ていたみたいです。それで邪な助手について、クレーン艦長は昔から知っていて、有名人の業績をいつも自分の業績のように見せたがる男だったということで、ネルソン提督にその旨報告しようとしますが、男に襲われて気絶させられ、ゴリラが暴れている間はずっと登場しません。

原子力潜水艦シービュー号の”Man of Many Faces”

原子力潜水艦シービュー号の”Man of Many Faces”を観ました。またもWelch脚本ですが、前回のよりははるかにマシです。シービュー号版「二十面相」です。冒頭でいきなりネルソン提督が放送中の番組に押し入り、ネルソン提督と敵対する科学者をTVカメラが回っている前で射殺します。その頃、ネルソン提督はサンタバーバラにいたので、明らかにそれはネルソン提督ではありません。ネルソン提督は殺された科学者が発明した潮位コントロール装置によって、月が地球に引き寄せられて最終的に地球に衝突することを予想し、シービュー号でその装置を破壊に行きます。そのシービュー号の中で、チップ・モートンの偽物、ドクターの偽物、スパークス(無線技士)の偽物、シャーキーの偽物などが次々に現れ、ネルソン提督とクレーン艦長は誰を信じていいのかが分かりません。結局、最後はクレーン艦長に化けた男が、エスケープハッチの中に爆弾を仕掛けて、自身はフライングサブで脱出します。しかし、ネルソン提督はTVの殺人場面を何回も観ることで、犯人の指輪を発見し、先回りしてフライングサブに潜んでいて、犯人を倒して、潮位コントロール装置をミサイルで破壊して一件落着という話です。(爆弾は爆発寸前にクレーン艦長が魚雷発射管から放出しシービュー号は無事でした。)しかし、顔だけ変装しても、体の大きさまで変えることは不可能で、複数のクルーに次々に化けるというのは理屈に合いませんし、大体科学者が何故そんなことに長けているのかまったく説明がありませんが、まあWelch脚本ですから、そういう合理的な説明を期待しても無駄です。

ジョン・ヒューストンの”Moby Dick”(白鯨、1956年)

ジョン・ヒューストンの1956年の”Moby Dick”(白鯨)を観ました。私はこの有名な話の原作をお恥ずかしながらまだ読んでいませんが、この映画は興行的には失敗だったようですが、原作に忠実な映画化だそうで、重厚で非常に感銘を受けました。これを観たきっかけは、原子力潜水艦シービュー号のネルソン提督を演じている、リチャード・ベースハートがイシュメイルを演じているからです。グレゴリー・ペックのエイハブ船長が、単に復讐の狂気に取り付かれた人間というより、かなり理性的な名船長でありながら、それでもモービー・ディックに対する怒りを禁じ得ないという感じが非常に良く演じられていました。私は、もっと小さな船で、また乗組員も数人で鯨と戦うのかと想像していましたが、技術的には銛を手で撃つなど原始的ですが、捕鯨船そのものはかなり大きな船で予想と違いました。また、海域的にも喜望峰辺りから延々とビキニ環礁の付近まで鯨を追いかけており、こんな大規模なものだとは知りませんでした。ベースハートはシービュー号の時と比べて約10年前でかなり若々しい感じです。スピルバーグの「ジョーズ」はこの映画の影響を受けており、小林信彦はそのパロディーで「ジェリーズ」(大クラゲ)の話を書いて、冒頭を「私の名前だったら石丸としておこう。」で始めています。(注:「白鯨」の冒頭は、”Call me Ishmael. “で始まります。)