森見登美彦の「熱帯」を読了。森見登美彦の作品でこの前に読んだのは2年前の「夜行」ですが、その「夜行」と傾向は似ていて延長線上にあるとも言えるような作品です。「夜行」はある画家が残した連作の版画を巡って、ある語学学校の仲間が旅先で経験した不思議な出来事を語り合っている内、その出来事が起きた場所がすべてその連作版画が描いていた場所で、といった話で、創造の世界と現実の世界の境界線が曖昧になって混じり合う不思議な作品でした。今回の「熱帯」は、いわゆる千夜一夜物語(アラビアン・ナイト)をかなりの部分モティーフとして使っています。千夜一夜物語自体がシャフリヤール王とシェヘラザード(この本ではシャハラザード)のお話がいわば外枠(額縁)としてのお話になり、その枠の中にシェヘラザードが毎夜王に語ったという色々な話が入る、という入れ子の構造になっています。「熱帯」は千夜一夜物語の中の失われてしまった一話という設定で、千夜一夜物語を読んだ者は誰しもシェヘラザードの魔術にかかって、自身が物語の中に登場し、あげくの果ては自身が物語の語り手になる、という多重の入れ子構造をもった物語となっています。前半の、ごく少数しか世の中に出回っておらず、読んだ者も多くない、佐山尚一の「熱帯」という小説についての謎が語られます。この小説を読もうとしたものは、全員途中で何故か本が行方不明になってしまい、最後まで読んだ者は誰もいないことになっています。数少ない「熱帯」を一度読もうとしたことがある者が集まって、お互いが覚えているストーリーを寄せ合うことにより、「熱帯」の内容を再現しようとします。この辺りが一番面白いです。後半は、物語の世界自体がその佐山尚一の書いた「熱帯」の中に入り込み、結局、佐山尚一→森見登美彦→読者自身の境界が曖昧になる不思議な小説です。正直な所、前回の「夜行」は今一つ私は好きになれないものがありましたが、今回の「熱帯」は「夜行」の路線を継承しつつ、小説としてのスケールははるかに優っており、なかなかの作品になっていると思います。
森見登美彦の「熱帯」
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