小林信彦の「秘密指令オヨヨ」

jpeg000 92小林信彦の「秘密指令オヨヨ」を再読了。前作の「合言葉はオヨヨ」と同じく週刊朝日に連載されたもので、海外の観光地を舞台にするのも同じですが、今回はヨーロッパの各地(+カサブランカ)が舞台になっています。前作から登場した香港警察の楊警部補が狂言回しを勤めます。
お話しは、ナチスに協力したとして戦後糾弾されたイタリア人喜劇監督のジャコモが、実はナチスの幹部を映像に残して彼らを糾弾するつもりだったとして、そのシーンが映った行方不明のフィルムを巡る話に、ナチスが隠したヨーロッパの名画を巡って、オデッサ(ナチス支援組織)やオヨヨ組織が争う話がからみます。フレデリック・フォーサイスの「オデッサ・ファイル」が出版される前に書かれていますので、この時点で「オデッサ」に着目したのはさすがと思います。
表紙の絵の藤純子は本筋とは無関係ですが、パリのシネマテークの人間が、ジャコモのフィルムを貸す代わりに、「緋牡丹博徒・お竜参上」を欲しがるというのがあるので、こうなっています。

古今亭志ん朝の「佐々木政談、夢金」

jpeg000 102落語、今度は古今亭志ん朝の「佐々木政談、夢金」です。「佐々木政談」は、子供たちがお白洲ごっこをしているを、たまたまお忍びで市中を視察していた南町奉行・佐々木信濃守が見かけて、お奉行役の子供の頓知の効いた判決に感心し、その子供を奉行所に呼び出して問答する噺です。ちょっと一休さん頓知噺を思わせます。
「夢金」は、欲張りな船頭が、連れの女性を殺して金を奪おうとするヤクザな浪人を、うまくだまして女性を助ける噺です。タイトルから落ちがわかってしまいますが…

小林信彦の「合言葉はオヨヨ」

jpeg000 106小林信彦の「合言葉はオヨヨ」を再読了。大人向けオヨヨ大統領シリーズの3作目です。この「合言葉はオヨヨ」と「秘密指令オヨヨ」は週刊朝日に連載されたもので、どちらも海外の観光地を舞台にしています。「合言葉はオヨヨ」は、香港、マカオ、神戸、東京、釧路、根室と舞台が移っていき、「お宝」が移動していきます。香港、マカオといえば「麻薬」といったイメージがつきまとっていた時代のもので、現在の香港、マカオを知っている私から見るとかなり時代を感じます。
新しいキャラとして香港警察の楊警部補というのが登場します。この人物には明らかにモデルがあって、「袋小路の休日」の「北の青年」に出てくる青年がそうだと思います。何かと毛沢東語録を参照したりする所に共通点があります。
オヨヨ大統領は、この作品ではさらに凶悪性を増し、自らの手で殺人を犯しますし、また犯罪に含まれるトリックのレベルもシリーズ中最高ではないかと思います。
ただ、全体のお話しはジャパンテレビの細井ディレクターが香港のホテルのチェーンロックが中からかけられた自室に女性の死体を発見する所から始まりますが、この密室殺人のトリック自体はかなり陳腐です。
全体的に、日活アクション映画的で、かなりハラハラドキドキは楽しめる作品です。

古今亭志ん朝の「柳田格之進、干物箱」

jpeg000 97落語、今度は志ん朝の「柳田格之進、干物箱」を聴きました。
「柳田格之進」は正直なことこの上ない武士が上司に疎まれ浪人していますが、そのうちに質屋の主人と碁敵になり親しくなります。ある日月見の宴で質屋の家で碁を打ちましたが、その時に50両の金が紛失し、質屋の番頭は柳田が盗ったと決めつけ問いただします。柳田は盗った覚えはありませんが、役所で吟味になると色々都合が悪いこともあり、その50両を渡すことを約束します。柳田は自害して身の潔白を示そうと思っていましたが、娘に止められ、50両は娘が吉原に身を沈めて調達することになります。時が経って、柳田は元の藩に戻り江戸留守居役になることができましたが、娘は苦界に沈んだままです。そうしている内に、質屋では年末の大掃除をしていると、無くなった筈の50両が出てきます。それを聴いた柳田は娘の面目のため、質屋の主人と番頭を斬る、といい質屋に乗り込んできますが…という噺で、人情噺の傑作と思います。
「干物箱」は遊び人の若旦那が、自分が吉原に行くため、知り合いの善公に自分の声色を使わせ親父をだます噺です。身代わりになった善公と親父のやりとりがおかしいです。

筒井康隆の「モナドの領域」

jpeg000 86筒井康隆の「モナドの領域」を読了。作者曰く、「わが最高傑作にして、おそらくは最後の長篇」ということです。
タイトルの「モナド」はライプニッツのモナドロジーのモナドというより、「プログラムの集合体」といった意味のようです。
出だしは、切り落とされた女性の腕が河原に落ちているというミステリー風に始まりますが、途中からミステリーとはうって変わったある意味哲学的な内容になります。何故哲学的になるのかはネタばらしになるので書きません。
最近たまたまフレドリック・ブラウンの2つの長編、唯我論的な「火星人ゴーホーム」と、多元宇宙を扱った「発狂した宇宙」を続けて読みましたが、筒井康隆のこの作品はこのSFの2大相反テーマを一つにまとめたような内容です。
私個人は、この作品が筒井康隆の最高傑作だとは思いませんが、筒井の哲学的な思弁の集大成であることは認めます。作品としては「聖痕」のようなものの方が好きです。まあでも、「壊れかた指南」の時は本当に壊れてしまったのかと思いましたが、80歳過ぎてこれだけの作品をまだ書けるというエネルギーはすごいと思います。