NHK杯戦の囲碁 井山裕太棋聖 対 小林覚9段

jpeg000-57本日のNHK杯戦の囲碁は黒が井山裕太棋聖、白が小林覚9段の対局です。井山棋聖は7冠王ですが、このNHK杯戦だけ優勝が無く、準優勝が最高です。(これに対し将棋の羽生さんは全冠制覇の時はNHK杯も取っています。)しかし東アジアの早碁大会で優勝していますから、早碁が不得意という訳ではありません。対する小林9段は井山棋聖と10戦して5勝5敗と五分の星を残している、たぶん唯一の棋士です。対局は、黒が左辺に大きな地模様を築きかけ、そこに次にどちらが打つかが焦点になりましたが、黒は中央に伸びた白への圧力を重視し中央を優先して打ちました。左辺は白が開くことになり、左上隅にかかっていた黒が孤立したので、黒は左上隅に付けていきました。白はそれに対し、隅の地は多少黒にえぐられても、中央を重視しました。先手を取った白は左辺から中央に伸びる黒に対し出切りを敢行し、その結果左辺の黒は一眼もない形になりました。その後黒は中央の白に付けていって絞りを狙いました。一連の折衝で白がやや妥協して黒は白の二子を抜いたのですが、余分な石がくっついていて効率が悪かったのと、黒以上に中央の白が厚くなって、ここで白がはっきりリードしました。白は中央の厚みを活かし下辺に打ち込んでいきました。しかし白はここの折衝で何か錯覚があり、打った石を丸ごと取られてしまいました。ここで黒が逆転して優勢になりました。その後攻防が続きましたが、黒のリードはそのままで、最後白が時間つなぎに打った手が1目損で、ここで白の投了になりました。小林9段としては惜しい碁でした。また井山棋聖に取っては初めてのNHK杯戦制覇に向けて冷や冷やのスタートとなりました。

白井喬二の「源平盛衰記」(下)

jpeg000-49白井喬二の「源平盛衰記」(下)を読了。下巻は最初から最後まで、源義経の話です。前半で木曽義仲を宇治川の合戦で打ち破り、その後一ノ谷の戦い、屋島の戦い、壇ノ浦の戦いと平家を三連続で大敗させ、ついには平家を滅亡に導きながら、その後頼朝から理不尽に憎まれ、平家を打ち倒した大功に対して報いられることもなく、最後は衣川の館で自害するまでを描きます。
壇ノ浦の戦いでは、平家の大将平知盛が、唐船という大きな船にわざと雑兵だけを乗せておき、名だたる武将はわざと小舟に乗せて、源氏の船が唐船をめがけて押し寄せてきたら、それを小舟で取り囲んで攻撃し殲滅を図る、という作戦を立てていました。ところが、阿波の民部重能(田口成良)という武将が、最初平家に味方しておきながら、戦いの途中で突然白旗をかかげて源氏に寝返っただけでなく、知盛の折角の作戦を源氏側にばらしてしまったため、源氏はこの作戦について対策できたということです。この重能の裏切りがなかったら、壇ノ浦の戦いは平家の勝利に終わっていたかもしれません。阿波弁でいう「へらこい」とは、この重能のような人を言うのでしょうか。
頼朝の義経に対する一貫したひどい態度は、弟の軍事的才能に対する一種の嫉妬なんでしょうか。それに対し義経は、もし自分で挙兵して兵を集めて頼朝と戦えば、かなりの確率で勝ったでしょうが、保元の乱のように、源氏が親子・兄弟で敵対して争うのは馬鹿げていると、ついにそれをしないまま死んでいきます。頼朝が実の弟を殺してまで樹立した源氏の政権である鎌倉幕府ですが、史実の通り、頼朝の直系はわずか三代で絶えてしまいます。因果応報というべきでしょうか。

三遊亭圓生の「文違い、掛取万歳、猫忠」

jpeg000-53本日の落語、三遊亭圓生の「文違い、掛取万歳、猫忠」。
文違いは前に、金原亭馬生でも聴いています。女郎が客を騙して二十両をせしめて間夫に渡しますが、実はその女郎もその男に騙されていて、と騙し騙されが重層になっているお噺です。
「掛取万歳」は、大晦日に次々やってくる借金取りをやり過ごすため、狂歌好きの大家には狂歌で言い訳をし、芝居好きの酒屋には歌舞伎の台詞で見事に言い訳をする。最後にやってきた三河屋の主人には、三河万歳で言い訳をするというお噺です。
「猫忠」は、三味線にされてしまった親猫を慕って子猫が、吉野家常吉に化けて清元の師匠と一緒に一杯やっていて、それを本物の常吉が偽物を暴いて、というお噺。吉野家の常吉だから「義経」、狐忠信ではなく、猫がただ吞みしたから猫忠、と義経千本桜にたとえて、では静御前は、ということになって、清元の師匠がそれになぞらえられたら、師匠は自分はお多福だから似合わない、というと猫が一言「にゃーう」という落ちです。

白井喬二の「源平盛衰記」(中)

jpeg000-47白井喬二の「源平盛衰記」(中)を読了。保元・平治の乱で源氏の勢力を追い落として、平家の天下になり、清盛はその娘の建礼門院に安徳天皇を産ませて、ついに天皇の外戚にまでなります。奢った清盛は好き勝手をやろうとしますが、その子重盛がいつもそれを抑えます。その重盛も病気になって死んでしまいます。清盛の行動は抑えがなくなり、ついには福原に遷都して都の人間の恨みを買います。一方で東国に流されていた頼朝は、北条政子を妻として、北条家の力をバックに、次第に勢力を築きます。また、牛若丸は鞍馬山を脱出して奥州の藤原秀衡の元に身を寄せ、その後京都に出て、六韜三略の書を読むことに成功し、また弁慶と戦い、弁慶を家来にします。この戦いは一般的には京の五条の橋の上、ということになっていますが、白井は講談的な作り話を基調としながらも、ここは「義経記」に即して二人の戦いは清水観音でということになっています。(史実ではこの時点では五条大橋はまだなかったみたいです。)その後義経は東国の頼朝に合流します。一方で信州では、やはり源氏の忘れ形見で頼朝・義経から見ると従姉妹にあたる木曽義仲が、秘かに勢力を蓄え挙兵します。平家側は謀反に対し、まず東国に大軍を送って頼朝を討とうとしますが、富士川の戦いで、夜中に水鳥が一斉に飛び立つ音に驚いて、一戦も交えず敗退して京に戻ります。その後、木曽義仲を討とうとして信州に軍を派遣しようとした所で、清盛は熱病にかかり、ついには命を落とします。その後、義仲追討軍は派遣され、義仲は最初は敗れるものの、倶利伽羅峠の戦いで平家の大軍を倶利伽羅の谷に追い落とし、大勝します。義仲の兵が京に攻め上ると、平家は安徳天皇を連れてあっさりと都落ちし、義仲は京に無傷で入ります。平家は最初九州に入って、勢力を盛り返そうとしますが、うまくいかず、結局四国の屋島に拠点を構え、再び強い勢力を築くことに成功します。一方で京の義仲の軍は、義仲が政治になれずうまく人心を把握することができず、またその軍の乱暴狼藉が人々の恨みを買います。後白河法皇はそうした義仲の専横を憎み、東国の頼朝と連絡を取ります。
といった、中巻はまあ知っている歴史のおさらいみたいですが、頼朝、義経、そして義仲といった源氏の武将が魅力的に描かれています。義仲にしても、子供の時は実に機転の利く利発な子供として描かれています。

桂米朝の「不動坊、天狗裁き」

jpeg000-50本日の落語、桂米朝の「不動坊、天狗裁き」です。
「不動坊」は以前柳家小さんでも聴いています。金貸しの利吉が、講釈師の不動坊火焔が旅先で借金を残し亡くなったのに対し、その後家のお滝さんが、その借金35両を払ってくれる人がいるならその再婚してもいいといい、利吉は手を挙げます。それを聴いた長屋のやもめ仲間が、嫌がらせに不動坊の幽霊に化けて利吉を脅そうとしますが、利吉は脅される筋合いはないと言って、金を幽霊を丸め込んでしまう噺です。
「天狗裁き」は、夢を見ていたと思われた男が、まず女房にその夢の内容をしつこく聞かれ、次は友人、そしてお奉行所、最後は天狗からしつこく聞かれる、エスカレーションしていく噺です。最後はそれ自体が夢だったというオチです。

白井喬二の「源平盛衰記」(上)

jpeg000-46白井喬二の「源平盛衰記」(上)を読了。昭和元年10月から昭和4年2月まで「時事新報」に連載されたもの。白井喬二としては、一番脂ののった頃の作品で読み応えがあります。上巻では、平家が西国の海賊を退治して次第に勢力を増していき、そして保元の乱で源氏の半分を倒し、そして平治の乱で残りの源氏も片付け、平家の天下になるまでを描きます。白井の源平話は人物に重きを置くもので、鎮西八郎為朝、悪源太義平などが実に魅力的に描かれています。また平清盛のちょっと変わった性格もよく描写されていると思います。今回読んだ版は昭和5年のもので、たぶん初版ではないかと思います。大衆小説家による源平の話には吉川英治の新・平家物語などもありますが、もう少し白井作品も再評価されてしかるべきではないかと思います。

白井喬二の初期短篇(「寶永山の話」収録のもの以外)

jpeg000-44白井喬二の初期の短篇から、「寶永山の話」に収録してあった話を除いた物を読了。学芸書林の全集の第9巻です。具体的には、「忠臣の横顔」「湯女挿話」「倶利伽羅紋々」「兵学美人行」「瓦義談」「指揮杖仙史」「名器殿物語」「或る日の大膳」「薫風の髭噺」「職追い剣」「広瀬水斎の諷刺」「美泥」「生命を打つ太鼓」「敵討つ討たん物語」「唐草兄弟」「銭番論語」「月兎逸走」「白痴」「密状霊験記」の19作品。「寶永山の話」の短篇がすべて収録されている訳ではなく、「月影銀五郎」と「目明き藤五郎」は収録されていません。大正12年から昭和6年までの、白井喬二としては一番活躍していた時代の作品が収められています。
「寶永山の話」を読んだ時の「奇妙な味」という感想は今回も一緒です。「兵学大講義」に出てきた兵学者諏訪友山の若い頃の話を描いた「兵学美人行」、湯女が禁止されたその最後の日の様子を描いた「湯女挿話」、幕府の鋳銭所の役人同士の意地の張り合いを描いた「銭番論語」など、白井らしい一ひねりした作品が多いです。白井の本領は長篇だと思いますが、今回の作品群を読んで短篇も決して悪くないなと、考えを変えました。

桂米朝の「帯久、天狗さし」

jpeg000-45本日の落語、三代目桂米朝の「帯久、天狗さし」。上方落語の2枚目です。先日聴いた桂文枝は、私的にはイマイチでしたが、この米朝のは良かったです。「帯久」は、松平大隅守という奉行の名裁きのお噺。帯久という強欲な商人が、和泉屋与兵衛という同じ呉服屋に何度も無利子でお金を借りて、最後に借りた百両を大晦日に返しに行ったはいいが、大晦日の忙しさで取り紛れののどさくさで、一旦返して帳面には返却とつけさせた百両を黙って持って帰ってしまう。そのうちに和泉屋は火事に遭って没落、今度は和泉屋が帯久に金を借りに行くけど、強欲な帯久はまったく貸さない。和泉屋が頭に来て、帯久の店に火を付け、それでお奉行様のお裁きになります。あまり笑える所のない噺ですが、退屈せずに聴けます。
「天狗さし」は、「天狗のすき焼き」の店を出そうとする男の荒唐無稽なお噺です。

NHK杯戦囲碁 高尾紳路9段 対 林漢傑7段

jpeg000-48本日のNHK杯戦の囲碁は黒番が高尾紳路9段、白番が林漢傑7段の一戦です。高尾9段は現在名人戦で井山7冠に挑戦中で出だし3連勝で好調でしたがその後2敗し、現在3勝2敗です。対局は黒が右下隅で地を稼ぎ、黒が下辺に打ち込んできた白を左下隅に連絡させないように遮った所でいきなり劫になりました。黒は劫材が足らないかと思いましたが、左上隅の星の白に直接付けていく手を劫材にしました。高尾9段の解説によると、この手は以前は損劫だと思っていたのが、例のアルファ碁がいきなり付けていく手を打っていて、必ずしも大きな損にはならないということがわかって打ってみたそうです。結局劫は黒が勝ち、その代わり白は右上隅を連打しましたが、元々右上隅は黒が2手打っていましたので、劫の結果は黒が悪くなかったようです。その後白は上辺に打ち込んでいきましたが、折衝の中で黒が左上隅に利かす手を打ったのに白が手を抜きました。それはいいとして、黒が左上隅に置いていったのに対する白の対応が間違いで、この隅は5手寄せ劫ぐらいで、ほとんど白の丸取られとなりました。元々白地が10目くらいあった所が30目ほどの黒地になってしまい、ここで勝負は決まりました。その後白は下辺の黒に寄り付いていき、また劫になり、白は下辺と右下隅を大きく荒らしましたが、逆転には至らず、結局黒の中押し勝ちでした。

白井喬二の「桐十郎の船思案、蜂の籾屋事件、傀儡大難脈」

jpeg000-41白井喬二の「桐十郎の船思案、蜂の籾屋事件、傀儡大難脈」を読了。学芸書林の全集の6巻について、メインの「神変呉越草紙」と「怪建築十二段返し」「江戸天舞教の怪殿」は既に読んでいて、残りのものを読んだものです。「桐十郎の船思案」と「蜂の籾屋事件」は1920年に発表され、「傀儡大難脈」は1925年に発表されたもの。最初の二つは名与力の桐十郎が活躍するものです。捕物帖の元祖は、岡本綺堂の「半七捕物帳」で1917年が最初ですが、白井も捕物帖を書いていて、今回読んだ3作品ともそうです。
「桐十郎の船思案」は桐十郎が追っかけていた土竜小僧の次郎蔵が、桐十郎がいつも釣り船を借りてその上で思案を巡らす習慣があったのを、その釣り船の船頭に化けて桐十郎と対面し、犯行を予告して桐十郎と対決するというお話しです。ちょっと日本版「ルパン対ホームズ」みたいな趣があります。
「蜂の籾屋事件」も桐十郎ものですが、その手下が蜂を使って捜査する、という所が非常に目新しいです。日本式ミステリーとしてなかなか読ませます。
「傀儡大難脈」は、捕り物名人の千面小三郎の活躍を描きますが、小三郎は何と25年も人形師に化けて事件を追い続けます。その事件というのが、何とユダヤ人陰謀説です!その陰謀で諸業の相伝秘状をことごとくその家から失わせる、というのがあって、それに人形師の小宇津大源と煙管師の村田菊吾がからみます。人形を操って色々な型を演じさせる場面があり、白井の蘊蓄が奔出して、実に初期の白井らしい作品です。