デボラ・リップシュタットの「否定と肯定 ホロコーストの真実をめぐる闘い」

デボラ・リップシュタットの「否定と肯定 ホロコーストの真実をめぐる闘い」を読了。丁度この本が映画になって日本でも公開されているので、それに合わせて出版されたものと思います。リップシュタットはアメリカ在住のユダヤ人でユダヤ人の迫害史の専門家。リップシュタットがイギリスの歴史家のアーヴィングをその著作の中で「反ユダヤ主義者、ホロコースト否定論者」として厳しく非難したことに対し、アーヴィングがリップシュタットを名誉毀損で訴えます。イギリスでは名誉毀損の裁判は原告側ではなく被告側に立証責任があることになっており、アーヴィングはおそらくそんな面倒なことはせずリップシュタットが和解をもちかけ、その著作の表現を取り下げるだろうと思って告訴したのでしょうが、リップシュタットは全面的に戦うことを決意します。その裁判費用に日本円で2億円近い費用が必要でしたが、色々なアメリカのユダヤ人の団体が彼女に対し全面的な資金援助を申し出ます。この辺りさすがユダヤ人という感じで、他の学者だったらまず諦めてしまうのではないでしょうか。援助を受けたお金で、最高のリーガルチームを結成し、アーヴィングの著作とその主張を徹底的に調べ上げて裁判に臨みます。裁判の内容は対等な闘いというよりも、アーヴィングの主張の杜撰さや意図的な歴史の事実の書き換えや脚色が30以上も明らかにされていきます。そういう訳で途中で既に判決の結果は予想でき、その予想通りの結末となりますが、個人的にはメデタシ、メデタシとはいかないような後味も強くありました。

1.ちょっと調べれば分かるようなアーヴィングの悪質な資料操作にも関わらず、イギリスの歴史家の多くがアーヴィングの研究を高く評価した。

2.日本の裁判所でこの内容が争われたら、「高度な学問的な判断は司法にはなじまない」とか言って逃げてしまうんではないか、という懸念が湧きました。

3.過去に私も深く関わった「羽入辰郎事件」との類似性が嫌でも想起されました。ちょっと調べれば分かるような羽入本の誤謬にも関わらず、かなりの数の学者が羽入本を褒め称えました。

4.アーヴィングがヒトラー擁護、ホロコースト否定の姿勢を強めていくのは、ドイツの中でネオナチ勢力が台頭していくのと同時です。ご承知の通り、2017年の総選挙で極右政党「ドイツのための選択肢」が94議席も獲得しました。

5.アウシュビッツ他のホロコーストを否定する気は毛頭ありませんが、現在イスラエルがパレスチナに対してやっていることはまったくもって容認できません。また、ホロコーストの生存者であるユダヤ人による「ホロコースト産業―同胞の苦しみを「売り物」にするユダヤ人エリートたち」(ノーマン・G. フィンケルスタイン著)という本が出ていることも知っておくべきと思います。

なお、読んだのは山本やよいによる日本語訳ですが、翻訳自体はまったく問題なく読みやすかったです。ただ、ドイツ語のカタカナ表記にいくつか違和感があった(ausをアオス、ichをイヒ、小文字にすべき拗音を大文字にしているなど)のと、Ausrottung(絶滅、根絶やし)という裁判の中でもその解釈が争われた単語のスペルが間違っている(Austrottungになっている)など、翻訳者のドイツ語の知識はほとんどないと思いました。

西山隆行の「移民大国アメリカ」

西山隆行の「移民大国アメリカ」を読了。移民に関する本も既にこれで5冊目です。「移民」について今議論が喧しいのはアメリカと欧州だと思い、アメリカの実情を知りたくて買いました。ただ難点は2016年6月の出版で、2016年の大統領選については途中までしかフォローしていない状態でこの本が書かれているということです。筆者は東大法学部出身の人ですが、何かいかにもその手の優等生が要領よく複数の資料をまとめた、という感じで情報を得る上では有益でしたが、西日本新聞の本みたいに、良く調べたな、という感動はまるでありませんでした。一つ面白かったのは、アメリカの労働組合が、移民の流入は労働者の平均給与水準を下げると最初は反対していたのが、今は労働組合に入る人が激減したため、今度は逆に移民の取込みを図っているのだとか。西日本新聞の本に日本の連合の人が出てきて、これがどうしようもない移民反対論者でしたが、いつかは連合も外国人労働者を組織化しようと躍起になる日が来るのかも。後面白かったのは、黒人といっても、例えばオバマ大統領の父親はケニアからアメリカにやってきた留学生で、一種のエリートであり、いわゆるアメリカに奴隷として連れてこられた人達の子孫ではなく、この手の人はむしろ共和党支持者なんだとか。その他、エスニック・ロビイングの話とか、最後に日本の課題についての話もありますが、どれも突っ込み不足という印象を受けます。

ロッシェル・カップ、大野和基の共著の「英語の品格」

ロッシェル・カップ、大野和基の共著の「英語の品格」を読了。これは良書です。日本人の英語学習者は、アメリカは何でもストレートにダイレクトに言う文化で、英語もそうあるべきである、と考えている人が多いのですが、この本はそれが大きな間違いであることを明らかにします。エリン・メイヤーの「The Culture Map」にも、アメリカ人の上司が部下にネガティブなフィードバックをする時は、まずポジティブな指摘から始めて、なるべくネガティブな内容をオブラートでくるむようにするというのが出てきていましたが、この本でも同じことが言われています。気をつけないと、ネイティブは日本人だから英語のニュアンスが良くわかっていないんだろう、なんて好意的には解釈してもらえなくて、なまじ少し英語をしゃべる人の方が大きな誤解と悪印象を相手に与えがちです。また私にとって良かったのは、私にとっては、英語の語彙を今の9,000語レベル(TOEICのReadingでほとんど困らないレベル)から20,000語レベル(TimeとかNewsweekをすらすら読めるレベル)に上げるのが課題なのですが、この本ではネイティブが語彙を強化するために使っている本を3冊紹介してくれています。私は内2冊をAmazonに発注しました。また、主に映画で英語を覚えた人が、映画に出てきた表現をそのままインタビューで使って、相手の人を怒らせる事例が出てきます。後、この本ではいわゆるpolitically correctな表現の話も出てくるのですが、体に障害がある人を言う場合の、disabledやhandicappedが既に古い表現で、今はphysically challengedとか、differently abledとか言わないといけないのだとか。この点はこの本に同意できず、行きすぎじゃないかと思いました。
まったく英語がしゃべれない人向けではないですが、TOEICで800点ぐらい取れる人は読んでおいた方がいい本です。

未読の本

現在、未読で待ち行列に入っている積読状態の本です。ここに写っている以外に、英語の参考書系が5~6冊別にあります。埴谷雄高の「死霊」は大部前に買ったものですが、なかなか手が付けられていません。また、平凡社の「現代大衆文学全集」の内から5冊くらい買っていますが、これも未着手。そうこう言っている内に、吉川英治の「宮本武蔵」の戦前版も近日中に到着…(知っている方は知っていると思いますが、「宮本武蔵」には「戦前版」と、それを戦後吉川英治自身がGHQの検閲を恐れて暴力的な表現などを書き直した「戦後版」があります。)ともかくこれらの本を読むのは2018年に持ち越しです。

西日本新聞社 編「新 移民時代 外国人労働者と共に生きる社会へ」

西日本新聞社 編「新 移民時代 外国人労働者と共に生きる社会へ」を読了。移民問題について、3冊目でやっと良書に出会いました。この本の内容は西日本新聞という福岡の地方新聞に連載されたものです。まずは何より取材に手間を惜しまず、時にはネパールやタイにまで出かけて関係者に取材してまとめた労作です。最近マスコミがフェイクニュースを垂れ流すものとして批判されますが、こういう地道ないい仕事を、全国新聞ではなく地方新聞がやっていることに救いを感じました。福岡という場所、九州という場所は、よく考えれば昔から海外の文化の取り入れで日本の最前線にあった所だと思います。またある意味「よそ者」に寛容な土地柄で、私も小学6年の時に山口県から福岡県に引っ越した経験がありますから、余計にそう思います。
内容については、この本で暴かれているのは、日本の政策の建前と本音の使い分けのひどさ。表では移民政策を否定しておいて、裏では留学生や研修生の名前で外国人の安い労働力を搾取する構図というのが見えて憤りを感じざるを得ません。ネパールから来た留学生が、ほとんど睡眠時間を取らずにいくつもバイトを掛け持ちし、結局精神を病んだり、失踪したりという悲劇が語られています。「女工哀史」は明治時代だけの話ではありません。また色々と識者に話を聴いている中でひどかったのが、連合の副事務長の安永とか言うの。自分達の既得権益が侵される心配ばかりして、人口減というある意味日本の危機を無視してはっきりいって何も考えていません。その逆に、自民党の石破茂氏については、意外なことに移民推進派であり、「移民庁」という官庁を作ってはどうかと提言しています。ちょっと見直しました。
この問題については、更に色々調べていきたいと思います。

毛受敏浩の「自治体がひらく日本の移民政策 人口減少時代の多文化共生への挑戦」

毛受敏浩の「自治体がひらく日本の移民政策 人口減少時代の多文化共生への挑戦」を読了。かなり飛ばし読み。この本は「外国人労働者受け入れを問う」よりはましな内容と思いますが、正直な所、「多文化共生」といういわばきれい事を強調し過ぎと思います。どのような事にもポジティブな面とネガティブな面がありますが、この本はポジティブな事を中心にかかれており、ネガティブな懸念みたいなことに対しては、きわめて通り一遍の説明しか与えられていません。たとえば「移民が増えれば犯罪が増えるのではないか」という懸念に対しては、近年の外国人による犯罪が減少しているから問題ない、といったレベルで片付けられてしまいます。しかし、本格的に移民を受け入れ、外国人の永住者が今の10倍になった時に、果たしてその説明で、反対者を説得できるかというと、きわめて疑問です。
ただ、この本で良かったのは、国の移民政策の立案がほとんどされていない一方で、都市部よりもいち早く深刻な人口減少に直面している地方都市のいくつかが、外国人受け入れを真剣に検討し始めているというのがわかったことです。例として沖縄県や浜松市、あるいは北海道のいくつかの都市が挙げられます。
しかし、二冊読んでも相変わらず私が知りたいことを十分に知ることは出来ませんでした。

宮島喬、鈴木江理子の「外国人労働者受け入れを問う」

宮島喬、鈴木江理子の「外国人労働者受け入れを問う」を読了。人口が減少していく日本の対策としては、移民の積極的な受け入れを考えるべきで、それに向けての予想される諸問題をオープンに議論していく必要があると思いますが、残念ながら今の政治家にそういう気概のある人は見当たりません。ちょっとこの問題を自分で考えようと思って、2冊買った本の1冊がこの本。残念ながら本自体薄いですが、中身も薄かったです。大体「移民の是非を問う」ではなく、何故「外国人労働者受け入れを問う」なのか。タイトルからは、これまで日本政府が進めてきた、表ドアは閉じておいて、都合の良い時だけ期間を限定して外国人を労働者として使う、という発想しか見えてきません。私は日本のあらゆる産業がガラパゴス化している今、外国から人を受け入れ、日本文化の多様化を図る「第二の開国」が必要と思います。

ロバート・L・フォワードの「竜の卵」

ロバート・L・フォワードの「竜の卵」を読了。ハードSFとして、お友達のKさんのお勧めによるもの。感謝。前半ちょっとかったるい部分はありましたが、通して読んでみるとなかなかの作品と思いました。まず、表面の温度が8000℃、そして重力が地球の370億倍という、中性子星(パルサー)上に生物が発生しているという設定がすごいです。解説によると先行作品としてハル・クレメントの「重力の使命」があり、また1970年代に、パルサー上の生物の可能性は科学者の間で指摘されていたそうですが、しかしそれを実際に書くのはかなりの難度だと思います。フォワードはそれを見事にやり遂げています。また、いわゆる異星人とのファーストコンタクト物なのですが、パルサー上の生物であるチラーが人間より100万倍の時間感覚で生きているという設定が秀逸です。このために、コンタクト当初は遅れていたチラーが人間側が与えた情報を元に、人間時間でほんの数日の内にあっという間に人間を追い越してしまいます。ただ、マイナーな欠陥を指摘すると、たとえばチラーの姿形に関する描写が曖昧で、今一つ文章だけでその姿を具体的に思い浮かべることがうまくできなかったことです。もっともナメクジみたいなものかという予想は大体あたっていましたけど。「デューン」もそうだったですけど、本文だけで語りきれないで、巻末のおまけで解説するというのは、どうも私にはフェアではないように思えます。また、イエスキリストを思わせるような予言者が登場して、民衆に殺害されますが、このお話は全体の中では取って付けたような印象を受けます。そうは言っても、1960年代初めに生まれた私は、子供の頃色んなアニメとか漫画で(当時は平井和正、辻真先、豊田有恒、眉村卓、そして筒井康隆に至るまでの若いSF作家が黎明期のSF設定のアニメに台本を提供していました)、「科学技術の進歩による明るい先進的な未来」というのを刷り込まれているせいか、こうしたちゃんとしたSFを読むとちょっと安心します。

ディケンズの「クリスマス・キャロル」

ディケンズの「クリスマス・キャロル」を「英語で」読了。このお話のラジオドラマ(英語)を、高校の時英語の授業で使って、懐かしかったので改めて英語で読んでみたものです。よく知られた小説で、ストーリーも分かっているし、そんなに難しくないだろう、と思っていましたが、実際には知らない単語だらけで、結構苦労しました。それでもストーリーは分かっているので知らない単語を一つ一つ辞書で引いたりはせずに読み進めました。この小説が書かれたのは1843年で、日本で言えば天保年間の最後の年です。さすがにこれだけ昔の本だと今の英語とはそもそも語彙自体が違うように思います。後読んでいて感じたのは、結構韻を踏むような文章も出てくることでした。
この物語に出てくる、ボブ・クラチットの末の息子で、足の不自由なTiny Tim(これも韻を踏んでます)が、私は好きで、スクルージ爺さんが改心して、ボブの一家を助けてTiny Timを死の運命から救い、Tiny Timの第2の父のような存在になる、というお話が好きです。

Erin Meyerの”The culture map”

Erin Meyerの”The culture map”を読了。(日本語訳は、「異文化理解力」)
エリン・メイヤーは、フランスとシンガポールに拠点を置くビジネススクールであるINSEAD客員教授です。この本を知ったきっかけは、English Journalにエリン・メイヤーのインタビュー記事が載っていたことです。そのインタビューで、メイヤーが日本の企業について、日本はこの上ない階層社会だけど、決定プロセスは合議とコンセンサスに基づくもの(つまり稟議システムのこと)、そこで決定されたものはDecision(Big-D)でなまじ皆で時間をかけて決めたため、一度決まるとフレキシブルに変更することが難しい。一方でアメリカはフラットな平等主義の社会だけど、企業の決定プロセスはトップダウンで上から降ってくる。しかしそこで決まったものはdecision(small-D)で一度決めても状況が変わればすぐ変更される。といった内容に興味を覚えてこの本を買ってみたものです。
メイヤーは色々な国のビジネス文化を評価・比較するために8つのスケールを持ち出します。
1.コミュニケーションのやり方-簡単で直接的なコミュニケーションを良しとするか、高度な文脈を持った含蓄のある(けどわかりにくい)コミュニケーションが一般的であるか。
2.人の評価方法-ネガティブな評価をダイレクトに伝えるか、遠回しに伝えるか。
3.説得の仕方-原理原則で相手を説得するか(演繹的)、具体的な事実・意見を先に行って説得するか(帰納的)。
4.リーダシップのあり方-平等主義的なリーダーシップか階層的・権威的なリーダーシップか。
5.企業での決定方法-全員のコンセンサスを重視するか、トップダウンでの決定か。
6.人への信頼-あくまでビジネスライクか、個人としての付き合いをビジネスでも重視するか。
7.意見が違う時-対立的か、それとも全体の和を重視するか。
8.時間感覚-きちんとスケジュール化してそれに従うか、成り行きに任せてフレキシブルに対応するか。
日本については、
(1)この上ない程、高度な文脈を持ったコミュニケーション(空気を読む、忖度)
(2)ネガティブな評価はオブラートにくるんで直接的な非難の表現をほとんど使わない
(3)具体的な事実・意見を重視した説得プロセス、原理原則から論じない
(4)かなりの部分階層的で平等主義ではない
(5)コンセンサスを世界でもっとも重んじる
(6)仕事に割切った人間関係というより個人での関係をかなり重視する
(7)ともかく対立を忌み嫌うことでは最右翼
(8)かなり時間に几帳面で正確
となっています。
この本を批判するとすれば、(1)この8つの尺度を持ち出すのが適当であるかどうか(2)その尺度に従った各国の評価がどの程度当てはまっていて、またその国全体に一般化してOKかどうか、という点で可能と思います。私の意見では(1)についてはこの8つはかなりいい線を行っていて、実際にビジネスを行っていく上で非常に重要な尺度が良く集められていると思います。(2)については、個別の会社ではそれぞれ文化が違いますし、過度な一般化は危険なようにも思いますが、ある程度は参考になる評価だと思います。細かく見ると、8.の時間感覚で、ドイツの方が日本より時間にシビアで正確となっているのはまったく納得できませんが。(ドイツに行ってドイツの鉄道の運行時間の適当さにはうんざりしましたから。)また、日本の「コンセンサスを重んじる」ってのは、ちょっと稟議制だけを見た表面的な見方のようにも思います。
ともかく、中にちりばめられた具体的な文化の違いによるビジネス上のトラブルがとても面白く参考になります。たとえば欧州の人とアジアの人を集めたチームで、最初懸念された「欧州人対アジア人」ではなく、実は「中国人対日本人」の対立が一番問題になったとか。(8つの尺度で比較すると、中国と日本は実は同じアジアの国でありながらかなり違います。)国際的なビジネスに携わる人にとっては、ある意味必読の本と思います。
なお、オリジナルの英語版で読みましたが、辞書を引かなければならないのは1ページ辺り1~2回のレベルであり、Newsweekの記事なんかに比べるとはるかに読みやすいです。