久石譲指揮、フューチャー・オーケストラ・クラシックスのブラームスの交響曲第1番を聴きました。この指揮者が好きだから買ったのではなく、ブラ1に関しては220種類くらい聴いて来たので、一応チェックしておこう、ぐらいの気持ちです。この人の演奏の傾向はベートーヴェン交響曲全集で既に分っていますが、その予想通りの演奏でした。しかし冒頭のセカセカしたスピードはその220種類の中でも一番でしょうね。ブラームスが10数年かけてようやく完成させた最初の交響曲で、彼らしくきわめて無骨に不器用に始まる出だしを、このような速度でやらないで欲しいと思うのは私だけでしょうか。まあ緊張感があって引き締まった演奏で、悪くはないですが、ベートーヴェンの時もそうでしたが、二度聴きたいとは思わない演奏なのですね。大体クラシックスのCDを買う人はほとんどがリピーターで、初心者って少ないと思います。そういう人は大体ブラ1なんて聞き飽きる程聴いている訳で(私の場合は極端ですが)、そういう人にアピールするには何か斬新さが無いといけないという理屈は分りますが、それは本質的な良さとはまた別の話です。
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宙家族ロビンソンの”Space Beauty”
宇宙家族ロビンソンの”Space Beauty”を観ました。珍しくジュディが中心の話で、そうなるとジュディが美人というだけの話になり、ジュディがエイリアンが主催する宇宙の美人コンテストに参加させられるという話です。しかしジュディがサインした書類には、もし優勝したら主催者の星に行って主催者(ほとんど悪魔)と一緒に永遠に暮さないといけない、と書いてありました。美人コンテストの司会者とそのアシスタントはいずれも前に出てきたキャラの再登場。ロボットが女装(?)して女性ロボットとしてコンテストに参加するのがちょっと笑えます。どうもこの時代の美人は「美しいけれでも頭がちょっと…」といった感じで描写されている場合が多いように思います。演じているマルタ・クリスティンは存命で75歳くらいですね。何ていったって、モーリーンお母さんのジューン・ロックハートがまだ95歳でご存命ですから。
プッチーニ「蝶々夫人」を引用した歌謡曲
古関裕而が自伝で渡辺はま子が歌った「雨のオランダ坂」の間奏に、プッチーニの「蝶々夫人」の有名なハミングコーラスを引用したことを書いていますが、同じ渡辺はま子で昭和14年に「長崎のお蝶さん」という曲があり、その間奏は同じく「蝶々夫人」の超有名アリア「ある晴れた日に」そのまま。いくらなんでもプッチーニの著作権はこの頃は切れていない筈ですが(プッチーニが亡くなったのは1924年)、レコード上にはプッチーニの名前は無し。この頃は著作権は緩かったんでしょうね…
渡辺はま子「長崎のお蝶さん」(昭和14年)(01:07ぐらいから蝶々夫人のアリア「ある晴れた日に」の引用)
https://www.youtube.com/watch?v=D9V_WpJye1w
渡辺はま子「雨のオランダ坂」(昭和22年)(01:01ぐらいから蝶々夫人のハミングコーラスの引用)
https://www.youtube.com/watch?v=e_813G2fajw
チェリッシュのCD
昨日、「哀愁のレイン・レイン」のことを書いて、また聴きたくなったのでチェリッシュのベスト盤を買いました。悦ちゃんの歌って裏声で何故か専門家には評判があまり良くなかったですが、私には心に染みる感じで好きでした。特に「なのにあなたは京都へゆくの」とか「白いギター」、「若草の髪かざり」とか。「てんとう虫のサンバ」は皆さんご存知の理由で聞き飽きていて好きではありませんが。
サイモン・バタフライのレイン・レインとその模倣曲
中学生の頃聞いていた洋楽って、何の曲だか探すのが結構大変です。
以前から「レイン、レイン、ダダダダダ…」という曲を中学生の頃ラジオで聴いたのを覚えていました。その後この曲がチェリッシュの「哀愁のレイン・レイン」でパクられていると思いました。(タイトルからしても明らかですが、何故か今のインターネットではこれを指摘している記事が見つかりません。まあパクリというレベルではなく、一種のオマージュだと好意的に解釈することも可能です。)私は前者がレターメンの曲だとずっと思っていましたが、レターメンのベスト盤には無し。それで色々検索してみて、やっと今回サイモン・バタフライの「レイン・レイン」だと分ってiTunesで買えました。梅雨時にぴったりな曲です。
太田裕美の「九月の雨」(1977)もちょっと似ていて、やはりベースは「レイン・レイン」かなと思います。他に、荻野目洋子の「ハートビート・エクスプレス」に収録されている「Rain -夏をつれさる雨-」も多分そう。
1973 サイモン・バタフライ レイン・レイン(Rain Rain Rain)
https://www.youtube.com/watch?v=vOHnWwpo4eg
1975 チェリッシュ 哀愁のレイン・レイン
https://www.youtube.com/watch?v=T3O2oJ6rESw
1977 太田裕美 九月の雨
https://www.youtube.com/watch?v=z8XBsWr_q_Q&list=RDz8XBsWr_q_Q&start_radio=1&t=3
1986 荻野目洋子 Rain -夏をつれさる雨-
https://www.youtube.com/watch?v=egUIxmKrVQw
榎本健一の「エノケン芸道一代」
榎本健一(エノケン)の「エノケン芸道一代」を聴きました。これまで私はエノケンはあくまでコメディアンと思っていましたが、このCDを聴いてその圧倒的な音楽の才能に驚嘆しました。既にエノケンの歌については、三木鶏郎のCDに入っていた「無茶坊弁慶」(武器を捨てましょブギ)などを聴いていてそれはこのCDにも入っていますが、それは戦後のある意味全盛期を過ぎたもので、あまり感心していませんでした。しかしこのCDに収められた浅草オペラのナンバーや「エノケンのダイナ」「月光値千金」といった曲の歌い振りは圧巻です。どちらも元は海外のものですが、それをエノケンは完全に日本の歌にして(歌詞も)、むしろ元歌以上の魅力を引き出しています。「月光値千金」の元歌はナット・キング・コールの”Get out and Get Under the Moon”ですが、よくも「月光値千金」と訳したもので、今よりもずっとセンスとしては上かもしれません。ともかくこれはすごいです。一度お聴きになることをお勧めします。(YouTubeにもいくつかあります。)
古関裕而と丘灯至夫の「乗り物シリーズ」
古関裕而は作詞家の丘灯至夫(古関と同じ福島の出身で、私の世代には「ハクション大魔王」や「みなしごハッチ」の主題歌の作詞者としてなじみがあります。舟木一夫の「高校三年生」も。名前は「おかとしお」→(逆にして)→「おしとかお」(押しと顔)で、元新聞記者で、新聞記者は「押しと顔」が重要というのをもじったものです。)と組んだ作品で、歌手は岡本敦郎で「乗り物シリーズ」というのがあります。
1. 高原列車は行く 歌:岡本敦郎
https://www.youtube.com/watch?v=a-3SBR3287k&list=RDa-3SBR3287k&start_radio=1&t=16
2.あこがれの郵便馬車 歌:岡本敦郎
https://www.youtube.com/watch?v=9sixegaddYQ
3.みどりの馬車 歌:岡本敦郎
https://www.dailymotion.com/video/x59x313
4.人工衛星空を飛ぶ 歌:岡本敦郎
https://www.nicovideo.jp/watch/nm2735537
5.登山電車で 歌:岡本敦郎
https://www.uta-net.com/movie/216790/ (歌詞のみ)
(その他、ケーブルカーとヨットの曲があったようです。)
古関裕而の自伝によると古関と丘は「乗り物シリーズ、良く作ったね。後は乳母車と霊柩車だけだね。」という冗談を言い合っていたようです。前者は作られませんでしたが、丘の方は自分が死ぬ一年前の2008年に(古関は1989年に死亡)「霊柩車はゆくよ」というのを本当に作ります。(作曲は小林亜星)
https://music.oricon.co.jp/php/music/MusicTop.php?music=88347 (有料ダウンロード)
これ誰だっけ?
何となく森山加代子の「白い蝶のサンバ」が聴きたくなって買ったのがこのCD。左上はヒデとロザンナ、右上はいしだあゆみで、それはすぐ分ったのですが、左下と右下が誰だっけ?状態。Googleの画像検索で調べて、左下が平山三紀、右下が辺見マリでした。何となく髪型が時代を感じさせます。今の感覚だとちょっと重い感じ。「白い蝶のサンバ」の作詞が阿久悠だというのを初めて知りました。阿久悠の最初の大ヒット曲みたいです。それから、この頃の女性歌手の歌には、女性が男性に一方的に尽くすといった内容が多いと思います。これも時代ですね。
古関正裕の「君はるか 古関裕而と金子の恋」
古関正裕(古関裕而の息子さん)の「君はるか 古関裕而と金子の恋」を読了しました。読んでる途中は飛び交うキスマーク、ハートマークに当てられて中々独り者には辛い部分はありましたが、通して読んで二人の本当に真剣な恋に感銘を受けました。なお、現在残っている手紙は古関裕而が保管していたもので、奥さんが保管していたものは夫婦喧嘩の時に全部燃やしてしまったみたいです。この鴛鴦夫婦がどうしてそんな大げんかしたのかにちょっと興味がありますが。二人の恋は、昔のことで郵便によるというのがある意味丁度いいペースを保つのに成功したんじゃないでしょうか。今みたいにメールとかLINEでやりとりしていたとしたら、盛り上がるのも速いですが、醒めるのもまた速いのではないかと。ともかく二人で何百通もの手紙を交換しただけで、一度も直接会うこと無しに、ただ写真の交換ぐらいで二人は結婚を決意します。前に調べたことがありますが、確かこの頃の見合い結婚の比率は8割くらいあった筈です。そんな時代によくもこんなピュア100%の恋愛を貫いて結婚までにこぎつけたものだと感心します。
なお、ちょっと収穫だったのが山田耕筰が古関裕而のことを天才だと評価していたということで、だからこそコロンビアの専属作曲家という生計の道をわざわざ用意してあげたんだと思います。セクハラ親父で晩年は特に悪名の高い山田耕筰ですが、この点に関しては一人の貴重な才能を世に出したということで高く評価されるべきと思います。
それから残念なのが、手紙の中に出て来る古関裕而が心血を注いで完成させた5台のピアノのための協奏曲他の楽譜が失われて聴くことが出来ないことです。これは本当に残念です。
古関裕而とアイヌ
古関裕而のリンクについて落ち穂拾い。
古関裕而とアイヌ
菊田一夫が台本を書き、古関裕而が音楽を担当した「君の名は」の映画版の第2部は、ようやく氏家真知子に巡り会った後宮春樹が、真知子が既に誰かと結婚してその子を宿していることを知り、傷心して北海道に渡ります。そこでアイヌの娘であるユミと出会い、ユミは春樹を好きになって…というストーリーです。