ドゥニ・ビルヌーブの「ブレードランナー2049」

「ブレードランナー2049」観てきました。脚本がひどいの一言。全く以てお勧めしません。画面的には全体に渡って美しくお金もかかっていましたが、ともかくストーリーが全てをぶち壊しています。何というか映画の基本文法をぶち壊しているような台本でした。私の想像ですが、この台本は最初に予定されていたものから、途中で変更が入ったんじゃないかと思います。その変更が全てを台無しにしています。この映画、3時間近く続くのですが、結末を見た時には脱力感しかありませんでした。「何これ?」状態です。

それからこの映画で初めてMX4Dというのを体験しました。通常の3Dに加えて、椅子が揺れたり傾いたり、光が出たり、主人公がシャワーを浴びるシーンではミストが降ってきたり、あげくの果ては匂いまで出てきます。しかし、ミストは3Dメガネが濡れてしまいますし、また匂いは最初に出てきた時は驚きましたが、2回目は同じ匂いが使われていたので白けました。(最初のシーンは主人公が花の匂いをかぐシーン、2回目はハリソン・フォードがウィスキーを飲む場面で、この2つが同じ匂いというのはあり得ないのです。)椅子が動くのも程々にしておけばいいのに、大げさすぎて、多分車に弱い人は酔ってしまうでしょう。

角田喜久雄の「妖棋伝」

角田喜久雄の「妖棋伝」を読了。徳川家秘蔵の将棋の駒「山彦」の内、銀4枚が偽物であり、失われた本物の山彦の銀将には秘められた謎が…ということで、髑髏銭とも共通して、この謎を誰が解いてお宝を得るかという、伝奇小説としては王道であるお宝の争奪戦が話の中心になります。主人公は武尊流縄術の名人である武尊守人ですが、この主人公が何故かぱっとしなくて、仙殊院という一種の妖婦の罠にあっさりかかり、媚薬を大量に飲まされてほとんど死にかかるなど、いい所がありません。それに対し、与力の赤地源太郎が逆に知恵もあり、武にも秀でていてという感じでこちらが大活躍します。しかし最後にあっと言わせる展開があり、ミステリー的な意味で良く出来た作品だと思います。角田喜久雄としては最初期の作品になります。

白井喬二の「魂を守りて 金属工芸に躍進の大器岩井清太郎伝」

白井喬二の「魂を守りて 金属工芸に躍進の大器岩井清太郎伝」を読了。白井喬二としては極めて珍しい、他人の伝記です。たぶんこれ一作だけだと思います。白井によるとそれまで何度か伝記執筆を頼まれたことがあったそうですが、すべて断ってきたそうです。それが何故この岩井清太郎氏(当時岩井金属工業の社長、市川市会議員)の伝記を書いたかというと訳があります。この岩井社長が若い頃その師匠の元で金属工芸の修行をしていた当時、時事新報に連載されていた白井の「祖国は何処へ」を二人が毎日愛読しており、特に岩井社長の方は主人公の臺次郎、ヒロインの金乃美に惚れ込んで、後に自分の4番目の娘に「このみ」という名前を付けたという程です。この岩井社長は子供の頃は理由があって実の両親とは離れて暮らし、別の養父母に育てられ、諸般の事情で学校は小学校を1年しか行けなかったという境遇の人です。その後岩井氏は苦労して小学校卒業程度の読み書きの力を身につけ、白井の小説も読めるようになった訳ですが、白井にとってみると大衆小説の理想的な読み手だったのではないかと思います。また、大衆小説という言葉から容易に連想される「俗悪」という要素が白井の小説にはまるでなかったのも、この岩井氏に愛読される大きな要素の一つになったのだと思います。また「祖国は何処へ」は、「富士に立つ影」が何度も単行本化されているのに対し、平凡社の全集に一度収録され、その後春陽堂の日本小説文庫で出ただけ、という不遇な作品でもあります。そんな作品を心から愛してくれた読者が白井には本当に嬉しかったのだと思います。
岩井社長は、不幸な生い立ちにも負けることなく、師匠の元で金属加工(煙草ケースやコンパクト、戦後はパイロット万年筆の軸の部分や、あるいはソニー製のトランジスタラジオの脚部など、様々な製品を出しています。)の腕を磨き、また生まれつきの創意工夫の才で何度か訪れる逆境にも折れることなく、戦後岩井金属工業を創立します。この会社は今は離合集散を経て、UACJ金属加工という会社になっているみたいです。その創意工夫と熱意は、今いる会社の亡くなった創業者を思い出させ、共通点があると感じました。
ちょっと特殊な本ではありますが、白井唯一の他人の伝記はそれなりに読ませるものでした。

池井戸潤の「アキラとあきら」

池井戸潤の「アキラとあきら」を読了。未読作品ですが新作ではなく、2006年から2009年にかけて問題小説に連載されたけど、単行本にならず眠っていた物です。WOWWOWでTVドラマ化されることが決まって、新たに書き直して文庫本として出版されたものです。
最初の方は「アキラ」と「あきら」の二人の少年時代を描いて、それなりに面白いですが、途中からは池井戸潤お得意の「銀行融資もの」になります。ああまたか、という感じもしますが、この作品はしかしながら「銀行融資もの」の中でもかなり上位に置くことが出来る作品だと思います。その中でも「アキラ」と「あきら」が二人とも同じ銀行に入社し、その新人研修で伝説的な勝負を繰り広げる所が出色です。また階堂彬の方が父親の死後、弟が会社を継いだけどうまく行かず父親の会社に戻ったけど、そこで大きな危機に見舞われて、銀行に残った山崎瑛と力を合わせて解決策を必死に考え出す過程もなかなか読ませます。なお、階堂彬の弟が社長業に行き詰まりそのストレスで統合失調症になる、というのが出てきます。池井戸潤の作品で統合失調症が出てくるのはこれで4作目くらいになるのではないかと思います。おそらく身内に患者がいたのではないかと思います。またこの作品は結局「理想の銀行マン」を描いたものですが、池井戸潤が三菱銀行に在籍していた10年くらいの間に、モデルに成るような近い銀行マンが実在したのか、逆にまったく理想からはほど遠い銀行マンばかりが多かったので、理想を求めてこういう作品を書いたのか、そこの所は作者に聞いてみないとわかりません。