白井喬二の作品の中で、女性が主人公である作品は、私がこれまで読んだ範囲では「露を厭う女」、「東海の佳人」と「地球に花あり」のわずか3作品だけです。しかも面白いことに、この3作はすべて1935年から1939年の5年間で書かれており、あまつさえ「露を厭う女」と「東海の佳人」はまったく同時期に平行して書かれていました。当時は婦人雑誌が多数の読者を持っていた時代で、大日本雄弁会講談社が「キング」を創刊するまでは、婦人雑誌が売れ行きのNo.1でした。そういう意味で、大衆小説の読者には女性が多数いたと想定されますので、もっと女性が主人公の作品があっても良いように思いますが、3作だけです。
露を厭う女 婦人公論 1935年(昭和10年)1月-12月
東海の佳人 キング 1935年1月-1936年3月
地球に花あり サンデー毎日 1939年(昭和14年) 17号-59号
これら3作品の主人公の造形には違いがあります。「露を厭う女」の主人公のお喜佐は、父親が借金を抱えて死に、運命に流されるままに女郎になり、最後はアメリカ人の客を取らされるのを嫌って、有名な「露をだに厭う大和の女郎花 降るアメリカに袖は濡らさじ」という歌を詠んで自害します。この歌は日本女性の意気を示したとして維新の志士等には高く評価されたのですが、この作品でのお喜佐はただ悲しい運命に逆らえず死んでいくだけ、という弱い女性として描かれています。
これに対し「東海の佳人」の以勢子は、父親を死に追いやった幕府軍路隊長の細木原幹丈が泥酔している所を刃物で刺すなど、はるかに行動的な女性として描かれています。最後の方で幕府が行ったトンネル工事が適切でなかったことを堂々と論じ立てて兄を救います。
「地球に花あり」の卯月早苗になると、この以勢子をさらに進めたような近代的で理知的な女性として描かれており、島崎博士の次男の国際スパイ容疑を、それを告発したスパイの研究家と堂々と論争して勝ち、それだけでなく島崎博士の研究を助ける助手として活躍します。
白井喬二は女性に関しては比較的進歩的な考えを持っていた人で、自身の妻に対しても結婚した後家に閉じこもっていないで何か仕事をすることを勧めていたりします。そういう意味で、もっと女性が主人公の作品が多くあってもいいと思うのですが。