小林信彦の「名人 志ん生、そして志ん朝」

jpeg000 79小林信彦の「名人 志ん生、そして志ん朝」を再読了。2001年10月に、古今亭志ん朝が63歳の若さで亡くなったことをきっかけにして、作者の志ん朝・志ん生に関するエッセイをまとめ、なおかつ「小説世界のロビンソン」に掲載されていた夏目漱石と落語の関係を論じたものを再掲したものです。
作者は、志ん生、志ん朝の親子、特に志ん朝を贔屓として、その早すぎる死を惜しんでいます。私もこの所ずっと志ん朝の落語をCDで聴いていますが、私も志ん生より志ん朝の芸の方を高く評価します。
作者は日本橋の商家の生まれで、志ん生-志ん朝に関しては特に江戸言葉の素晴らしさを讃えています。伝統的な下町の言葉は1960年代に絶滅してしまったようで、今後志ん朝のような素晴らしい江戸言葉をしゃべれる噺家というのは出てこないのではないかと思います。

小林信彦の「オヨヨ城の秘密」

jpeg000 81小林信彦の「オヨヨ城の秘密」を再読了。オヨヨ大統領シリーズのジュブナイルのものは、「オヨヨ島の冒険」「怪人オヨヨ大統領」に続いて、この「オヨヨ城の秘密」が3作目ですが、2作目と3作目の間に、大人向けシリーズが4作書かれていて、「オヨヨ城の秘密」が出版されたのは1974年3月です。中二時代に連載されたものです。
ジュブナイルとはいえ、第1作、2作が軽く読めてしまうのに比べると、この3作目はより読み応えがあります。旦那刑事、刑事コロンボを思わせるコランボ刑事、ジョイス・ポーターのドーヴァー主任警部を思わせるブキャナン主任警部が登場します。大沢家の方も、おなじみのメンバーに加え、二歳の赤ん坊の大沢リサが登場し、この子がパパとルミのヨーロッパ行きの荷物に潜り込んで、アムステルダムのオヨヨ大統領の基地を吹っ飛ばしたりする活躍をします。
かぐや姫の「神田川」の替え歌が出てきたりするのが時代を感じさせます。

フレドリック・ブラウンの「発狂した宇宙」

jpeg000 78フレドリック・ブラウンの「発狂した宇宙」を読了。先日読んだ「火星人ゴーホーム」が、「唯我論」(自分がいなくなったら世界は存在しなくなる)を扱った作品だったのに対し、それとは対照的な多元宇宙をテーマにした作品です。SF雑誌の編集人であった主人公が、月ロケットの事故によって多元宇宙の別世界に飛ばされます。この世界が自分の知っている世界とは共通点はあるものの、どこかずれていて、まるでスペースオペラの世界ですが、その理由は最後まで読むとわかるようになっています。SFしながら一方でスペースオペラのパロディにもなっています。また、別世界へ飛ばされた主人公が、異星人のスパイと間違われ、追われる展開もなかなかスリルいっぱいで読ませます。最後のオチも予想はできましたが、なかなか面白いものです。解説は筒井康隆が書いていますが、筒井康隆にもかなりの影響を与えた作品です。(「火星人ゴーホーム」は星新一に影響を与えています。)

小林信彦の「怪人オヨヨ大統領」

jpeg000 80小林信彦の「怪人オヨヨ大統領」を再読。「オヨヨ島の冒険」に続く、ジュブナイルシリーズの第2作です。マルクス兄弟のグルーチョ、ハーポ、チコがそのままの名前で探偵役で登場。(グルーチョのみグルニヨン、これは映画「ラヴ・ハッピー」での役名。)ギャグもマルクス兄弟の映画のそのままで、発表当時権利関係への意識が弱かったのが伺えます。まあこの頃は、マルクス兄弟なんて少なくとも読者である子供はほとんど知らなかったのでしょうが。解説には「パロディ」とありましたが、パロディにするなら、少なくとも名前くらいは変えるべきだと思います。(小林信彦自身が、あるミステリー作家が自分の作品に、東西の有名探偵を名前をそのままで登場させたことを批判しています。)マルクス兄弟キャラの3人が活躍するのに比べると、オヨヨ大統領はいまひとつキャラが立っていないように思います。

小林信彦の「ビートルズの優しい夜」

jpeg000 74小林信彦の「ビートルズの優しい夜」を再読了。「ビートルズの優しい夜」、「金魚鉢の囚人」、「踊る男」、「ラスト・ワルツ」の4篇を収録。
このうち、「ビートルズの優しい夜」と「金魚鉢の囚人」は「決壊」にも収録されていてそっちで読み直したので、今回は「踊る男」と「ラスト・ワルツ」を再読。特に「踊る男」が面白く読めました。別の名前にしてありますが、明らかに萩本欽一がモデルで、コント55号としてデビューして一世を風靡し、その後売れなくて充電の期間を過ごし、その後またTVで大成功するまでが描かれています。個人的に、この萩本欽一が売れていない充電の時代に、ニッポン放送のラジオで「欽ちゃんのドンといってみよう!!」というラジオ番組をやっていて、それをよく聴いていたので懐かしいです。この番組に合わせて萩本欽一は「パジャマ党」というブレーン集団を結成しています。この「欽ちゃんのドンといってみよう!!」をTVに持って行ったのが「欽ちゃんのドンとやってみよう!!」でこれが萩本欽一のTV復活のきっかけとなって大成功します。「踊る男」ではこのあたりまでが描写されていますがラジオのことは書かれていません。
「ラスト・ワルツ」はTVの脚本家がある映画監督にだまされて映画の脚本のネタをぱくられそうになるお話です。このころから権力を持ち始めた広告代理店がある意味不気味に描写されています。最後に、主人公がザ・バンドの「ラスト・ワルツ」を観るところで終わっていて、懐かしかったです。

小林信彦の「時代観察者の冒険」

jpeg000 73小林信彦の「時代観察者の冒険」を再読了。小林信彦の1977年から1987年のコラムを集めたものです。この時代の小林信彦は、「唐獅子シリーズ」、「夢の砦」、「ビートルズの優しい夜」、「ぼくたちの好きな戦争」、「極東セレナーデ」などの代表作を発表しており、一番脂がのった頃だと思います。エッセイで取り上げられているテーマは多岐に渡りますが、中でも1985年の「アイドルの時代」が鋭いと思います。その中で指摘されているように、この頃は色々な分野で活躍する人物のアイドル化が進んでいました。本家の芸能界を見ても、中森明菜、小泉今日子、南野陽子、中山美穂、岡田有希子、浅香唯といったアイドルが活躍していました。今から見てもアイドルの全盛時代でした。個人的に覚えているのは1985年頃のニッポン放送のラジオで土曜日の19時から、中山美穂、南野陽子、小泉今日子の番組が続けてあったということです。アイドル化は学問の世界にも及び、この頃、浅田彰、中沢新一といった「アイドル」学者が流行していました。

櫻井忠温の「肉弾」

jpeg000 68櫻井忠温(さくらいただよし)の「肉弾」を読了。日露戦争で中尉として、旅順攻囲戦に参加し、第1回の総攻撃で瀕死の重傷を負いましたが、奇跡的に一命を取り留め、その戦いの記録を文書にしたものです。戦前1000版を超える大ベストセラーになったものです。この本のことは、乃木将軍経由で明治天皇に伝わり、明治天皇はこの本を読んで感動し、櫻井忠温は拝謁の栄を賜ることになりました。また英語を始め15カ国語に翻訳され、アメリカ大統領セオドア・ルーズベルトはこの本を自分の二人の息子にも読ませ、また作者に感謝状を送っています。さらにはドイツ皇帝ヴィルヘルム2世は、この本をドイツ軍の全将兵に配布したといいます。なお、「肉弾」という言葉は、櫻井忠温が初めて使ったもので、後に日本軍の行きすぎた精神主義の象徴的な言葉になります。ただ日露戦争当時の、多大なる犠牲を伴いながらも日本軍が志気の高さを維持したことはこの本を通じて伝わって来て、現代の眼で読んでも感動を覚えます。櫻井忠温はこの本が有名になったこともあって、戦前少将にまで出世しますが、戦後は公職追放になり苦労します。
櫻井忠温は四国松山の出身で、松山中学の時は夏目漱石に英語を教わっています。

小林信彦の「オヨヨ島の冒険」

jpeg000 69小林信彦の「オヨヨ島の冒険」を再読。いうまでもなくオヨヨ大統領シリーズの第1作で、最初は子供たちに向けて書かれて、小学五年生の女の子が主人公です。この女の子は、小林信彦の長女がたぶんモデルで、私とほぼ同年齢なので、この作品に出てくる1970年当時のギャグはほとんど説明不要でわかります。逆に今の子供だったら、ニコライとニコラスのモデルがコント55号だっていっても何のことだかわからないでしょう。パパのあだ名がヒゲゴジラっていうのも。
ルミのおじいちゃんが瀬戸内海の孤島で一人暮らしているという設定は、ちょっと高橋和己の「散華」を思い出させます。

筒井康隆の「ビアンカ・オーバースタディ」

jpeg000 63筒井康隆の「ビアンカ・オーバースタディ」を読了。
昔、「時をかける少女」のジュブナイル小説を書いた筒井康隆がライトノベルに挑戦したもの。といっても筒井康隆なんで、そのまま単なるライトノベルを書くはずがなく、ライトノベルでありながら、ライトノベルのパロディ、からかいになっています。
「涼宮ハルヒ」シリーズのいとうのいぢのイラスト付き。
目次を見るだけで既に爆笑で、全部の章が「~スペルマ」で終わっています。
第一章 哀しみのスペルマ
第二章 喜びのスペルマ
第三章 怒りのスペルマ
第四章 愉しきスペルマ
第五章 戦闘のスペルマ
何でかというと、美少女高校生のビアンカが生物部という設定で、放課後にウニの生殖実験をやっていて、それにあきたらず人間の生殖を観察したくなって、自分のファンの下級生の男子のスペルマを採取する(つまり抜いてあげる)から、こういうタイトルになっています。
ラノベながら、ちゃんとSFにもなっていて、かつ文明批判的な要素も入っており、また筒井康隆自身の60-70年代のスラップスティックの雰囲気がよく出ています。
筒井康隆ももう80歳を超えているんでしょうが、こういうのをまだ書ける、っていいと思います。

小林信彦の「一少年の観た<聖戦>」

jpeg000 59小林信彦の「一少年の観た<聖戦>」を再読。「ぼくたちの好きな戦争」と対になる本で、小林信彦自身が体験した戦前・戦中・戦後の時代を主として映画の観点からまとめたものです。なので「見た」ではなく「観た」になっています。戦争は特撮技術とアニメの技術を進化させ、また戦争中でありながら、黒澤明の「姿三四郎」や、稲垣浩の「無法松の一生」といった優れた映画が封切られています。戦争に入っても映画を見続けた小林少年ですが、それは集団疎開、縁故疎開の二度の疎開で中断を余儀なくさせられます。
戦争中、チャーチルやルーズベルトに対するどぎつい風刺漫画を書いていた近藤日出造が、戦争が終わると同じタッチで獄中の東条英機を風刺する漫画を発表し、小林信彦は「それはないだろう」という感想を述べています。