野村胡堂の「三万両五十三次」(上)

野村胡堂の「三万両五十三次」(上)を読了。この本を買ったのは、Amazonで「白井喬二」で検索したら出てきたので、てっきり白井喬二作品だと思って間違って買ったもの。現物が届いてみたら、白井喬二はこの全集の監修をしているだけでした。お話は、幕末に幕府の武士が京都の勤王の公家達を懐柔しようと、三万両という大金を持って東海道を旅して京都まで行こうとするのを、その三万両を途中で奪い取ろうとする勤王の志士達と、お蓮という女盗賊、元は盗賊だったが親父から頼まれて三万両の守護をすることになった牛若の金五、三万両の護送をカモフラージュするために、京都まで嫁入りの行列をするお蝶、そのお蝶を慕う千代松などが絡み合う話です。いわゆる「お宝の移動」物です。美女がたくさん出てきて、その盗賊のお蓮に加え、勤王の志士の妹の真琴、花嫁のお蝶、三万両を運んでいく馬場蔵人を父の仇とつけねらう小百合などです。上巻では小百合はかなり影が薄いです。箱根の関所の破り方が、作者が実際に現地検分してかなり詳しく記載されています。また、「名曲決定盤」の作者として知られるクラシック音楽好きだけあって、「最高音(ソプラノ)」、「交響曲(シンフォニィ)」といった単語がよく出てきます。ただ、話の進め方はちょっと冗長で、長すぎると感じます。下巻でどうなるか。

藤沢秀行名誉棋聖の「秀行の創造 全局の要点」

故藤沢秀行名誉棋聖の「秀行の創造 全局の要点」を読了。「次の一手」ものは、今でも秀行さんのが一番面白くてためになります。昔はプロ同士でどう打っていいかわからない時は「秀行さん呼んでこい」が定石でした。この本は1990年の出版ですが、問題になっている碁を打っている人は、依田紀基、高尾紳路を始め、結城聡、三村智保、清成哲也、倉橋正行といった、現代でのトッププレーヤーの棋士が揃って出てきています。囲碁は部分的な読みもしっかり鍛える必要がありますが、それだけでは駄目で、局面をどう進めていくのかの感覚も重要で、この本はその点が非常に鍛えられます。

趙治勲名誉名人・二十五世本因坊の「お悩み天国 治勲の爆笑人生相談室 3」

趙治勲名誉名人・二十五世本因坊の「お悩み天国 治勲の爆笑人生相談室 3」を読了。結局三冊全部読んでしまいました。この巻には、いつも趙治勲さんがいじりのネタにしている石田芳夫二十四世本因坊が登場。治勲さんの悪口を全部許した上で、治勲さんが石田芳夫二十四世本因坊をいじるは、木谷一門での治勲さんの先輩の中で甘えられるのがもう石田さんだけだから、ということです。ちょっと感動的です。木谷一門というのは木谷実9段の弟子のことで、「木谷道場」と呼ばれる内弟子生活を送った棋士の総称です。一時は7大タイトルを一門で独占し、一門で取った7大タイトルの数は全部で146にもなります。そうやって若い時を一緒に囲碁修行をした先輩後輩の仲をずっと保ち続けるというのも素晴らしくうらやましいことだと思います。

南條範夫の「月影兵庫 上段霞切り」

南條範夫の「月影兵庫 上段霞切り」を読了。南條範夫は1956年に直木賞を取った作家です。この月影兵庫はシリーズ化されており、これが第一作です。後にTVにもなっています。何となく「月影兵庫」という名前に聞き覚えがあるような気がするのはそのせいでしょうか。老中松平伊豆守信明の甥の月影兵庫は、次男坊で部屋住みの身ですが、十剣無統流という武芸の使い手で、剣だけでなく、薙刀も槍も柔術も剣法も何でもほぼ無敵というスーパー剣士です。この兵庫が、叔父の松平伊豆守が自己の保身のため将軍に献上しようとしていた、綾姫というお姫様が連れ去られてしまったのを、東海道を京まで旅して取り返そうとするお話です。明朗闊達な主人公、何故強いかよくわからないのに強い主人公の腕など、白井喬二の作品とも共通するものがあります。といっても、私はこのシリーズを続けて読もうと思うほどは魅力的には感じませんでしたけど。南條範夫にはこの間読んだ、「駿河城御前試合」のような武士道残酷物と呼ばれる一連の作品もありますが、そちらの方は益々私の趣味ではありません。

劉昌赫/金世実の「小目一間ガカリの周辺」

劉昌赫(ユ・チャンヒョク)/金世実(キム・セシル)の「小目一間ガカリの周辺」を読了。この所、ずっと定石関係の棋書を読んでいてその一つ。実戦でよく出てくる、小目に一間高ガカリの定石の変化をまとめたものです。どちらかというと浅く広くという感じで、個々の変化は詳しくないですが、最近の実戦によく出てくる変化がまとめてあるので、有用です。出版されたのも2016年7月で出たばかりです。黒の小目に白が一間高ガカリして、黒が一間に低くはさんで、白が隅につけて、黒が二間に開くのは、「張栩定石」ということで、張栩9段が打ち出した手だということを初めて知りました。

趙治勲名誉名人・二十五世本因坊の「お悩み天国 治勲の爆笑人生相談室」

趙治勲名誉名人・二十五世本因坊の「お悩み天国 治勲の爆笑人生相談室」を読了。第2巻を試しに読んだらとても面白かったので、1巻と3巻もポチりました。この1巻も面白いです。「小林光一とは本当に仲が悪かったのですか」という質問に対して、色々書いた後で、「最後になりましたが、光一さん、名誉棋聖、名誉名人、名誉碁聖おめでとう。名誉本因坊もあれば最高だったね。なんで名誉本因坊がないんだろうねえ……」なんて書いています。小林光一名誉名人は、本因坊に4回挑戦しましたが、その相手が全部趙治勲さんで、その全てに負けたんです…
また、囲碁入門として紹介している張栩9段の「黒猫のヨンロ」、私もiPodで購入して(380円)、やってみましたが、なかなかいいですよ。囲碁を始めたい方にお勧め。

国枝史郎の「八ヶ嶽の魔神」

国枝史郎の「八ヶ嶽の魔神」を再読。前に読んだのは6年ぐらい前ですが、内容はほとんど忘れてしまっていました。国枝の三大傑作は「神州纐纈城」、「蔦葛木曽桟」とこの「八ヶ嶽の魔神」と言われています。その三作の中で、この作品だけが唯一完結しています。但し、完結しているといっても、一人の姫を巡って争った兄弟の兄の方の末裔が山窩族となり、弟と姫の間に出来た久田姫の末裔が水狐族となって双方が代々争っています。山窩族の血を引く主人公の鏡葉之助が、水狐族の長を倒した時に呪いを受け、永遠に不安を感じながら生き続けることになり、物語が書かれた大正時代の今も生きている、というのが果たして普通に言う結末と言えるかどうか。この作品も平凡社の現代大衆文学全集に収められています。というか国枝史郎だけで、三巻も割り当てられおり、国枝史郎が当時いかに人気が高かったかが窺えます。物語の印象としては、最後の方で葉之助と、淫祠邪教化した水狐族の、血で血を争う腥い戦い(葉之助の味方となった熊や狼や豹の猛獣が人間を食い殺すシーンもたくさんあります)の描写が実に国枝らしいです。

趙治勲名誉名人・二十五世本因坊の「お悩み天国② 治勲の爆笑人生相談室」

趙治勲名誉名人・二十五世本因坊の「お悩み天国② 治勲の爆笑人生相談室」を読了。週刊碁に連載されていたもの。(囲碁を知らない人はびっくりされるかもしれませんが、囲碁の週刊新聞があるんです。私も学生時代は毎週買っていました。碁の雑誌がほとんど無くなる一方で、週刊碁は今も出ています。)趙治勲さんのTVの碁での解説とか、各タイトル戦での挨拶とかとても面白いので有名ですが、文章の方でも爆笑ものです。あまり期待しないで買ってみましたが、とても面白いです。囲碁をまったく知らなくても問題なく楽しめます。囲碁を知っている人にはもっと面白く、小林光一とか張栩の悪口とか、山城宏日本棋院副理事が登場したりします。趙治勲さんは、現時点で棋士の中でもっとも多数のタイトルを獲得した人で、もう還暦を迎えられていますが、現在でも第一線の棋士として活躍中です。

岩下俊作の「富島松五郎伝」

岩下俊作の「富島松五郎伝」を読了。いうまでもなく映画「無法松の一生」の原作です。私は、映画はいわばダイジェストで、小説では松五郎の一生がもっと詳細に語られるのかと思っていましたが、実際は、映画に出てくるエピソードと小説のそれはほとんど同じでした。ただ映画では省かれているのは、松五郎が博打を打つシーンで、映画では芝居小屋での喧嘩の仲裁に初めて登場する吉岡の親分は、小説ではその前に松五郎と博打を打ち、松五郎に対して大負けしますが、気持ちの良い勝負が出来たと言って、松五郎を褒めます。また、小説を読んで初めてわかるのは、当時の小倉の芝居小屋と人力車夫の関係は、芝居の大道具・小道具を運んだり、役者が宿と小屋を往復するのに人力車夫が不可欠で、持ちつ持たれつの関係にあったということで、それで松五郎は芝居小屋の入場口を「顔で」通過しようとしたのでした。その他、松五郎が吉岡の未亡人に寄せる愛情が、最初は男女のものだったのが、次第に兄が妹を思うような気持ちに変わっていったことも、映画では描ききれませんでした。細かく言えば色々ありますが、原作をほぼそのまま映画化して不朽の名作になっているのですから、この原作自体が名作なんです。

吉川英治の「恋山彦」

吉川英治の「恋山彦」を読了。吉川英治が「宮本武蔵」を書く直前の昭和9年から10年にかけて、講談社の雑誌「キング」に連載したもの。昭和8年に日本で公開された「キング・コング」を観た吉川英治が、かなりの影響を受けてこの作品を書いています。後半の主人公である伊那小源太(信州の山奥に隠れ住んでいた平家の後胤)の荒唐無稽な暴れぶりが、まさにキング・コングそのものです。キング・コングは美女のアンを片手にもって、エンパイア・ステート・ビルを登っていきますが、小源太は、柳沢吉保の六義園の開所式に忍び込んで、大暴れし、吉安の妾のおさねを捕まえて片手に抱え、六義園の嘨雲閣(しょううんかく)を登っていきます。キング・コングは人間よりはるかに大きいので(あるサイトによると身長7mくらいではないかということです)、その大暴れぶりは別に問題ないのですが、小源太は大きいといってもたかだか身長は八尺(180cmくらい)ということなので、かなり設定に無理があります。(なんせ小源太一人で、武家屋敷を丸ごと崩壊させたりします。)とはいえ、お話としては、波乱万丈でなかなか楽しめる作品です。最後に小源太が恋人のお品を平家部落に連れて帰る所で終わりますが、その平家部落は既に焼き討ちにあった筈じゃないの、という所がちょっと引っかかりますが。