落語、昨日の真景累ヶ淵はちょっと重かったので「耳直し」で、前座噺を三題。柳家喬太郎の「寿限無、子ほめ、松竹梅」です。
前座噺っていってもそれぞれ25分くらいで、結構なボリューム感があります。柳家喬太郎は古典よりも新作落語で有名な人みたいですが、まあまあ良かったですね。「寿限無」で成長して就職した「寿限無寿限無五劫の摺り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る所に住む所藪柑子ブラコウジパイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助」が一人だけ名刺がB5サイズだった、というのに笑えました。
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古今亭志ん朝の「真景累ヶ淵-豊志賀の死」
今日の落語、志ん朝の「真景累ヶ淵-豊志賀の死」。
三遊亭圓朝の名作怪談というより大河怪談噺で、前半部は旗本深見新左衛門が金貸しの鍼医皆川宗悦を切り殺したことを発端に、両者の子孫が次々と不幸に陥っていく話です。この「豊志賀の死」は三番目のお噺です。全部通して演じられることはほとんどなく、多くの噺家がこの「豊志賀の死」だけを演じていて、志ん朝もそうです。
富本の師匠豊志賀(実は皆川宗悦の長女)は39歳になるまで男嫌いで通していましたが、ふとしたきっかけで年が離れた出入りの煙草屋新吉(実は深見新左衛門の次男)と男女の仲になります。最初はうまくいっていましたが、豊志賀は、次第に新吉と弟子で通ってくるお久との仲を疑うようになります。その嫉妬が昂じたのが体に悪かったのか、目の下にぽつんと出来物が出来て、それが次第に腫れ上がってとうとう二目と見られない顔になってしまいます。新吉はそれでも献身的に看病していましたが、豊志賀は、新吉にお久のことを問いただし、夜中も恐ろしい顔を近づけて新吉を問い詰めます。新吉はついにはうんざりしてしまい、豊志賀の家を飛び出します。そこで偶然お久に出くわし…(以下略)というお噺です。全体に志ん朝の噺はユーモラスであんまり怖い感じはしないですね。
古今亭志ん朝の「二番煎じ、お茶汲み」
今日の落語、志ん朝の「二番煎じ、お茶汲み」。
「二番煎じ」は、火の用心の夜回りに、二組に分かれて代わる代わる行くことにしたのはいいが、あまりに寒いので、拍子木を袖の中から出さないで打ったり、金棒を打たないで引きずったり、手抜きばかり。それでも何とか一周回って来て次の組と交代し、最初の組は番屋で暖まる。そうしていると、風邪の薬と称して持ち込んだ酒が出てきて、また体が温まるというしし肉が出てきてしし鍋になり、すっかり酒宴になってしまう。あまりに騒がしいので役人が聞きつけてやってきて、風邪薬と称した酒を欲して…というお噺です。酒を吞んだりしし鍋をつついたり、の所作が大事なお噺でできればDVDで見たいですね。
「お茶汲み」は、初回のお客を手玉に取るために、駆け落ちをして一緒に江戸にやってきて結局死んでしまった恋人にそっくりだと言って、お茶を目尻につけて泣いたように見せかける花魁。その話を聞いたある男は、自分で吉原に行ってその花魁を指名し、その花魁が駆け落ちした恋人にそっくりだと、花魁の打ち明け話の男女を入れ替えた話をする。それは結局花魁にはばれてて、涙を流す所で、花魁に「ちょっと待って、お茶を汲んでくるから」と言われる、というサゲです。
三遊亭圓生の「紺屋高尾、後家殺し」
今日の落語は、三遊亭圓生の「紺屋高尾、後家殺し」です。
「紺屋高尾」は、紺屋の職人の久蔵が位の高い花魁の高尾に惚れて、三年間給金を貯めて、高尾を買いに行きます。最初は金持ちの振りをしていたけれど、次にいつ来てくれるか聞かれたらもうお金が無くてまた三年後になってしまうことを考え、泣き出してしまいます。訳を聞かれて、すべてを正直に話します。高尾の方は、客に身を売るこの身を三年間も思ってくれていたと情にほだされ、年季が明けたら久蔵の妻になると言う…という噺です。いい噺ですが、笑える所があまりないですね。三遊亭圓生は泣ける噺の方がいいと思います。
「後家殺し」は上方噺で珍しい噺みたいで、Amazonで検索してもこの圓生のCDしか出てきません。圓生はこの噺を二代目の桂三木助(レパートリーの広いことで有名だった)から教わったそうです。義太夫のからむ噺で、ある程度義太夫がうなれないといけないので、今は演じる人がいないのかもしれません。お噺は、趣味で義太夫をうなる職人の常さんが、ある時質屋の伊勢屋で開かれた義太夫の会で演じて、それがきっかけで質屋の美人の後家さんといい仲になります。常さんには奥さんも子供もいるのですが、後家さんはそれを承知でつきあって、おまけにお金もくれるので、常さんは好きな時だけ働くという大層結構な暮らしをしていました。それを妬んだ友人が常さんに、後家に新しい男が出来たと吹き込んで、常さんは逆上します。出刃包丁を持って質屋に出かけ、後家さんを刺し殺してしまいます。結局捕まって、打ち首になるのですが、最後に言い残す言葉を、と奉行に言われて、常さんは思わず浄瑠璃を語り始めます。それに対して、お奉行が「よっ、後家殺し」と声をかける落ちです。「後家殺し」というのが、浄瑠璃の演者への褒め言葉だということがわかっていないと、この落ちは何のことだか理解できません。
古今亭志ん朝の「佃祭、搗屋幸兵衛」
本日の落語、志ん朝の「佃祭、搗屋幸兵衛」です。
「佃祭」は佃島がまだ本当の島で、行き来するのに船が必要だった頃の噺です。小間物問屋の次郎兵衛は、佃祭に出かけていきます。祭を楽しんで、最終便の渡しで戻ろうとしますが、ある女将さんに引き留められたため、船に乗り損ねます。その女将さんは、三年前に橋の上から身投げしようとしていたのを、次郎兵衛がお金をあげて助けた人でした。その女将さんの家で歓待を受けている内に、次郎兵衛が乗る筈だった船がひっくり返って乗客は全員死んだことが伝えられます。「情けは人のためならず」で思いもかけず命が助かった次郎兵衛ですが、小間物問屋では連絡がなく次郎兵衛が死んだと大騒ぎになり…というお噺です。
搗屋幸兵衛は、小言ばかり言っている大家さんの噺です。搗き米屋さんが部屋を借りに来ますが、大家はその人に若い頃の自慢話を延々と聞かされて、またまったく関係のない罪を着せられて、という噺です。
三遊亭圓楽(五代目)の「目黒のさんま、たらちね、三年目」
古今亭志ん朝の「お化け長屋、子別れ/下」
三遊亭圓生の「子別れ 上/中/下」
今日の落語、三遊亭圓生の「子別れ 上/中/下」です。
志ん朝の「お化け長屋、子別れ 下」を先に買ったのですが、「子別れ」の下だけを聴くのもなにかと思って、この圓生の全部揃ったのを別に買い、先に聴きました。(「子別れ」は普通は下だけが演じられ、上/中/下を通して演じられることはほとんどありません。)この「子別れ」の上/中だけを聴くと、主人公の大工の熊さんはとても嫌な奴で、笑える所がほとんどありません。特に酔っ払って悪態をつく所は、圓生のとてもうまい語りを通して嫌な男ぶりが目立ちます。この嫌な熊さんが、下になると、心を入れ替えて、酒を止めて仕事に励み、豹変します。上/中から続けて聴くと、その対照が鮮やかです。それで自分の子供の亀にある日ばったり出くわして、子供を鎹(かすがい)にして、別れた夫婦が元の鞘に収まるという人情噺の傑作です。笑うというより泣ける噺です。