小津安二郎の「麦秋」

小津安二郎の「麦秋」を観ました。紀子三部作の二番目です。ですが「晩春」の紀子とはがらっと性格が違い、持ち込まれた縁談を断り、自分で相手を決めます。しかし単純に見合い結婚から恋愛結婚へ変わったと言えないのは、本人同士が結婚を約束する前に、紀子と相手の矢島(一度結婚していますがその妻は病死し、女の子が一人残されています)の母親の間で結婚が決まってしまう、というこれもある意味とても日本的です。「晩春」の紀子から「麦秋」の紀子への変化は、昭和20年代で女性の考え方ががらっと変わっていったことの反映なのか、小津監督が前作とはまったく違った紀子を描きたかったのかは分かりません。
紀子以外で興味深いのが、昭和24年から26年でわずか2年の間に、日本の復興が進み、豊かになっていることです。特に紀子の家に電話があるのに驚きました。この時代に家に電話機があるのはかなり豊かな家ということなのではないでしょうか。しかしそういう日本の復興の中で、紀子の母親は今でも南方戦線に送られ生死不明で未だに戻ってこない紀子の兄を待ち続けている様子が描かれます。
笠智衆は今回は紀子の父親ではなく、兄であり、かなり若々しく描かれています。また紀子のある意味非常に勝手な行動にもかかわらず、他の家族が皆紀子のことを本当に心配しているというのがちょっと心を打ちます。また紀子の会社の専務から持ち込まれた縁談について最初は皆乗り気だったのが、相手の年齢が40歳と分かったら急にトーンダウンするという現金さも面白かったです。
原節子の演技は、「晩春」の時は不自然な笑顔が気になったのですが、今回はより地に近い感じで演技しているという感じで笑顔はこちらの方が自然でした。