イヴァン・ジャブロンカの「私にはいなかった祖父母の歴史 -ある調査」

イヴァン・ジャブロンカの「私にはいなかった祖父母の歴史 -ある調査」を読みました。同じ著者の「歴史は現代文学である 社会科学のためのマニフェスト」を先日読んでいますが、そこで筆者は、19世紀以降分離されてしまった歴史学と文学を再び結び合わせようとします。その主張の実践の一つがこの本になります。筆者はユダヤ系のフランス人です。題名の「私にはいなかった」は大変重く、彼の父方の祖父母はポーランドに在住していて後にフランスに移ったユダヤ人であり、二人ともアウシュヴィッツに送られてそこで殺されているからです。祖母のイデサは筆者の調査によれば、アウシュヴィッツ到着後すぐにチクロンBのガス室で殺され、30代で比較的頑健だった祖父のマテスは「ゾンダーコマンド」という、ガス室で処理した死体を焼却する労働者に選ばれ、そこでしばらく生き延びますが、おそらくその途中で死んだか、あるいは後にこの「ゾンダーコマンド」の部隊がナチスに対し反乱を試みますが失敗し、そこで処刑されて死にます。筆者の歴史学と文学の再融合という主張は、私は前の本を読んだ時は、ある意味気鋭の学者の才気あふれる主張のように思っていましたが、少なくともこの本を読んだ後は、彼にとってある意味必然のこととして行われたように思います。しかし、彼は小説的手法を採り入れているといっても、自分の感情や感傷を強調したり、またアウシュヴィッツの惨劇をいわゆる「ホロコースト産業」の担い手のようにこれでもか、と強調することはしていません。むしろかなりの部分彼の書き方は禁欲的であり、歴史学の科学としての客観性を損なっていたりはしません。
マテスとイデサの二人は、ユダヤ人だったというだけではなく、また熱心な共産主義の活動家でした。今から見ると不思議な感じもしますが、1930-40年代にはまだ共産主義を理想の実現の手段として夢見る人が多数いたということだと思います。しかし二人は共産主義者であることにより、再三に渡って投獄され、結局国外追放のような形でフランスに亡命せざるを得ませんでした。しかし、フランスではナチスに占領されたヴィシー政権はもちろんのこと、その前の段階でも、彼らが歓迎されるということはまったくなく、大不況のさなかでフランス人の職を奪っているものとされました。そういう政治難民の扱いという意味で、今まさにアメリカやヨーロッパで起こっていることと通じているのであり、決して過ぎ去った昔の話ではありません。また、ポーランドは一般的にはナチスの被害者のように語られていますが、彼ら自身がユダヤ人差別の担い手であり、第2次世界大戦後の1946年にポグロム(ユダヤ人虐殺)を行っていることを日本人も知っておくべきだと思います。ただ救いになるのは、ユダヤ人を救おうとする人も多数いたということで、そのお陰でマテスとイデサの二人の子供(そのうち一人が筆者の父親)は、両親をアウシュヴィッツで殺されても何とか生き延びることが出来ました。また、最初の方に出てくる老シュロイメというユダヤ人が私には感動的で、あの時代に手に入るだけの本を集め、それをひたすら読んでいました。ユダヤ人から多くの優れた学者が出ていますが、その理由はこういう所にあるように思いました。
この本は、歴史学の本であるのと同時に、筆者の自分のルーツを確かめる旅の記録でもあります。筆者の主張する歴史学と文学の融合は、並みの学者が真似をすればどっちつかずの混乱したものになりかねませんが、この本は少なくとも私には無味乾燥な事実の羅列の歴史書よりもはるかに多くのことを教えてくれたように思います。

「謎の円盤UFO」の”Court martial”(軍事法廷)

「謎の円盤UFO」の”Court martial”(軍事法廷)を観ました。一度もUFOが出てこないという不思議な回です。フォスター大佐が、SHADOの機密を新聞社に$10,000でリークしたという嫌疑で軍事法廷が開かれます。フォスター大佐には不利な証拠ばかりが出てきて、最後は$10,000が彼の口座に振り込まれていたというのが決定的になり、死刑宣告が下ります。ストレイカーはたまたままったく同時期に、映画会社の方の機密がライバル会社に漏れてしまい、それも知っていたのはフォスター大佐だけということから、大佐の家を捜査し、巧妙に隠された盗聴器を発見します。それは職業的産業スパイの仕業でしたが、映画会社の機密を探っていてたまたまSHADOの機密を探り当ててしまいそれを新聞社に売ったというのが真相でした。しかしこの真相がヘンダーソンに伝えられる前に、フォスターは逃亡し、最後は追いかけて来たSHADOの兵士に撃たれて…というかなり緊迫した内容の回でした。

白井喬二の「小説義塾」(エッセイ)

白井喬二の「小説義塾」(エッセイ)を読了。文藝進路社の「文藝道」の大正15年3月の創刊号に寄せたものです。雑誌の名前が「文藝道」なのでそれにちなんだ話題を提供したものです。この雑誌の編集者の須藤荘一(須藤鐘一)は小説家で、白井の出身地の隣の島根県出身です。白井と須藤の付き合いが深かったことが、白井が須藤の死後の昭和36年に、「須藤鐘一追悼鐘影集」という追悼のための文集の編者になっていることからも窺い知れます。
エッセイの内容はある時白井が深川に「小説義塾」という看板を見つけて興味を持って、その家のものに尋ねてみたら、英語、漢学、数学を教える私塾のようなものだということで、それではなんで「小説」と付けたのかとさらに聞くと、「浪六の五人男の心意気で行きたいからこういう名を付けた」という答えでした。ここで言っているのは、大衆文学が起きる前に、大衆向けの髷物(撥鬢小説)で一世を風靡した、村上浪六の「当世五人男」のことです。

「謎の円盤UFO」の”Square triangle”

「謎の円盤UFO」の”Square triangle”を観ました。正直な所今まで観た中では一番出来が悪い脚本のように思えます。UFOが1機でやってきますが、その目的地がイギリス南部と聞いたストレイカーは急にインターセプター3機による迎撃を中止させます。それはいいんですが、ここで既にミスがあって、映像(写真)は核ミサイルを撃ってしまった後のものです。。
この後も変で、ストレイカーはUFOをイギリス南部に着陸させて何をしようとしていたのかが不明です。エイリアンが外に出ている間に何故かUFOは爆発してしまいます。エイリアンはある民家を見つけそこに入りますが、あっけなくそこの女性に銃で撃たれて死にます。実はその女性が間男を作って、ダンナを殺そうとしていた所に、誤ってエイリアンが入ってきて撃たれたものです。SHADOは女性と間男を本部に連れて行ってそこで過去12時間の記憶を消す薬を飲ませて、エイリアン目撃を無かったことにします。しかし、その二人のダンナ殺しの計画は気がついていましたが、「三角関係にSHADOが干渉して四角関係になったが(タイトルはここから来ています)、また元の三角関係に戻すだけ」とストレイカーは言い、結局ラストシーンでは、その女性が亡くなったダンナの墓の前でニンマリ、という感じの何とも嫌な感じの話でした。
余談ですが、スカイ1はとても好きですが、インターセプターはどうもプラモデル臭さが抜けなくて、私はあまり好きではありません。

「謎の円盤UFO」の”The responsibility seat”

「謎の円盤UFO」の”The responsibility seat”を観ました。今回、ストレーカーは映画会社代表としての彼にインタビューに来た女性ジャーナリストにテープレコーダーを仕掛けられ、部下が「ストレーカー司令官」と呼びかけるインターフォンの音声を録音されてしまいます。SHADOの指揮をフリーマンに任せて、その女性からテープを取り戻しにいきますが、結局写真のようなシーンになって…というこの番組がアダルト向けに作られたことの証拠みたいな回でした。(ご本家のイギリスでも、子供の教育に悪いという理由でいくつかの放送局ではこの回は放映されなかったようです。)結局この女性の音声を録音して身元をチェックしたら犯罪歴バリバリで、ベッドシーンは実現しませんが。司令官を任されたフリーマンの方には、月面でロシアの輸送車両がムーンベース目がけて暴走してくるという大変なことが起きますが、フォースターの機転で何とかギリギリで回避します。今回UFOが3機来襲しましたが、UFOはオマケみたいな回でした。ストレーカーを誘惑する女性が普通ならUFO側と何らかの接触がある、というのが本来のストーリーのように思いますが。