三遊亭圓生の「妾馬、木乃伊取り」

jpeg000-53本日の落語は三遊亭圓生の「妾馬、木乃伊取り」。
「妾馬」は以前志ん生で聴いています。妹が大名のお妾に召し出され、さらにお世継ぎとなる男の子を産んで覚えがめでたくなり、その兄がその大名に呼び出され、歓待されて出世するという噺で、その兄と大名家での頓珍漢なやりとりが可笑しい噺です。誰も不幸にならない噺なので聴いた後の気持ちがいいです。
「木乃伊取り」は、吉原に居続けして帰ってこない若旦那を連れ戻しに、番頭がまず行くが番頭もそのまま帰ってこない。続いて近所の鳶の頭が頼まれて行くが、これまた帰ってこない。最後に飯炊きの清蔵が自分で志願して出かけていきます。最初は力ずくでも連れて帰るとすごんでいましたが、相方の女郎に気に入られて似合いだとおだてられると、帰るという若旦那に、今度は清蔵がもう二三日居続けると言い出す、というタイトル通り「木乃伊取りが木乃伊になる」お噺です。

三遊亭圓生の「文違い、掛取万歳、猫忠」

jpeg000-53本日の落語、三遊亭圓生の「文違い、掛取万歳、猫忠」。
文違いは前に、金原亭馬生でも聴いています。女郎が客を騙して二十両をせしめて間夫に渡しますが、実はその女郎もその男に騙されていて、と騙し騙されが重層になっているお噺です。
「掛取万歳」は、大晦日に次々やってくる借金取りをやり過ごすため、狂歌好きの大家には狂歌で言い訳をし、芝居好きの酒屋には歌舞伎の台詞で見事に言い訳をする。最後にやってきた三河屋の主人には、三河万歳で言い訳をするというお噺です。
「猫忠」は、三味線にされてしまった親猫を慕って子猫が、吉野家常吉に化けて清元の師匠と一緒に一杯やっていて、それを本物の常吉が偽物を暴いて、というお噺。吉野家の常吉だから「義経」、狐忠信ではなく、猫がただ吞みしたから猫忠、と義経千本桜にたとえて、では静御前は、ということになって、清元の師匠がそれになぞらえられたら、師匠は自分はお多福だから似合わない、というと猫が一言「にゃーう」という落ちです。

桂米朝の「不動坊、天狗裁き」

jpeg000-50本日の落語、桂米朝の「不動坊、天狗裁き」です。
「不動坊」は以前柳家小さんでも聴いています。金貸しの利吉が、講釈師の不動坊火焔が旅先で借金を残し亡くなったのに対し、その後家のお滝さんが、その借金35両を払ってくれる人がいるならその再婚してもいいといい、利吉は手を挙げます。それを聴いた長屋のやもめ仲間が、嫌がらせに不動坊の幽霊に化けて利吉を脅そうとしますが、利吉は脅される筋合いはないと言って、金を幽霊を丸め込んでしまう噺です。
「天狗裁き」は、夢を見ていたと思われた男が、まず女房にその夢の内容をしつこく聞かれ、次は友人、そしてお奉行所、最後は天狗からしつこく聞かれる、エスカレーションしていく噺です。最後はそれ自体が夢だったというオチです。

桂米朝の「帯久、天狗さし」

jpeg000-45本日の落語、三代目桂米朝の「帯久、天狗さし」。上方落語の2枚目です。先日聴いた桂文枝は、私的にはイマイチでしたが、この米朝のは良かったです。「帯久」は、松平大隅守という奉行の名裁きのお噺。帯久という強欲な商人が、和泉屋与兵衛という同じ呉服屋に何度も無利子でお金を借りて、最後に借りた百両を大晦日に返しに行ったはいいが、大晦日の忙しさで取り紛れののどさくさで、一旦返して帳面には返却とつけさせた百両を黙って持って帰ってしまう。そのうちに和泉屋は火事に遭って没落、今度は和泉屋が帯久に金を借りに行くけど、強欲な帯久はまったく貸さない。和泉屋が頭に来て、帯久の店に火を付け、それでお奉行様のお裁きになります。あまり笑える所のない噺ですが、退屈せずに聴けます。
「天狗さし」は、「天狗のすき焼き」の店を出そうとする男の荒唐無稽なお噺です。

桂文枝の「立ち切れ線香、三十石、喧嘩長屋」

jpeg000-42今日の落語、五代目桂文枝の「立ち切れ線香、三十石、喧嘩長屋」。今回初めて上方落語にしてみました。ですが、いまいち好きになれないですね。五代目桂文枝の語り方があまり相性が良くないんでしょうか。特に「喧嘩長屋」はやかましくて下品で、という感じで良さがわかりません。「立ち切れ線香」はちょっとほろっとさせる噺です。三十石はなんだか京都の観光案内みたいな噺。