白井喬二の「神変呉越草紙、柘榴一角」

jpeg000 204jpeg001 10白井喬二の「神変呉越草紙、柘榴一角」を読了。
「神変呉越草紙」は、白井喬二の初めての長編小説です。前に紹介した「怪建築十二段返し」などの短編小説が今一つだったのに対し、この「神変呉越草紙」は実に面白い傑作です。お話は、蝦蟇毛仙人から、それを手にする者は最高の栄耀栄華を得ることが出来るというお宝の話を聞いた若者が、それを求めて秩父の山中を駆け巡ります。お宝の手がかりの地図は二つに分かれていて、若者が持っているのは片方だけです。このお宝の手がかりの地図を巡っての争奪戦がハラハラドキドキです。色々あって、若者はついにお宝を手にするのですが、そこからの展開がまたちょっと意表を突きます。
「柘榴一角(ざくろいっかく)」は幕府の隠密であった父親の仕事を継いだ柘榴一角が大活躍する話です。この一角の性格が「富士に立つ影」の熊木公太郎と同じで真っ正直で明朗闊達です。公太郎もそれなりの剣の達人でしたが、一角は23歳にして武道の大名人で、「100人までなら任せておけ」、「1000人までなら大丈夫」とどんどん強さがエスカレートしていきます。とにかくこの強さがとても魅力的です。最後は父親が探り続けて来た贋金作りの陰謀を見事暴いて大団円です。
なお、この書籍の表紙絵を描いているのは山藤章二、そしてカラーの挿絵を描いているのは、あの小島剛夕(「子連れ狼」、「ケイの凄春」、「乾いて候」の)です。

古今亭志ん朝の「付き馬、三年目」

jpeg000 194本日の落語、志ん朝の「付き馬、三年目」。
「付き馬」は、吉原で遊んだけど、払いができなくて、取り立てに「牛」と呼ばれる店の男衆がついてきたのを、色々と引き回して逆に牛に金をつかわせて、あげくの果てはだましてトンズラしてしまうお噺。ちょっと居残り佐平次と似ています。多くの人の願望を反映した噺なんでしょうね。
「三年目」は、これで3回目で、今まで三遊亭圓楽(五代目)と志ん生で聴いています。志ん朝が一番うまいと思いますが、幽霊の髪が伸びるというサゲが今一つ好きになれないお噺です。

NHK杯戦囲碁 山下敬吾9段 対 藤沢里菜3段

jpeg000 219本日のNHK杯戦の囲碁は、黒が山下敬吾9段、白が藤沢里菜3段の対戦。山下9段は、井山7冠王にタイトルを独占されて、タイトルからは遠ざかっていますが、実質的には日本のNo.2でしょう。一方、藤沢3段は1回戦で王銘エン9段を見事に破って、どこまで勝ち上がるか期待されています。対局は、黒の山下9段がほぼ常に攻勢を続け、白が下辺に打ち込んだ石と、左下隅から延びる石をからみにして攻め、白は結局、下辺から延びる石に色々利きを見られながら、左下隅から延びる石を封鎖され、この石を2手かけて生きなければならなかったのが辛く、ここで黒が優勢になりました。その後、白は黒の右辺の地を減らし、下辺から延びる石も黒3石を取って生きたのですが、その代償で左辺の石を劫にもならず取られてしまい、さらに左上隅も取られてここで投了となりました。

小林信彦の「<超>読書法」

jpeg000 202小林信彦の「<超>読書法」を読了。「本は寝ころんで」に続けて、1993年から1996年に週刊文春での書評連載に一部書き下ろしを追加したもの。
この頃(1990年代半ば)から、小林信彦のエッセイには政治的な発言が多くなります。私は小林信彦のファンですが、政治的な発言については一切信用していません。
この本でも、村山富市政権を褒めたり、青島幸男都知事を激賞したりしています。それから、この本では小沢一郎を非難していますが、いつの頃からか逆に賞賛したりしています。

古今亭志ん生の「お化け長屋、もう半分、親子酒」

jpeg000 191本日の落語は古今亭志ん生の「お化け長屋、もう半分、親子酒」。志ん生の病前の録音です。
「お化け長屋」は既に志ん朝のを聴いていますが、志ん朝のは前半部だけです。後半部までやるのは志ん生と六代目柳橋ぐらいだそうです。前半部では、長屋の連中のお化け話には驚かなかった職人が、実際に長屋に入って、職人仲間にお化けを仕掛けられて逃げ出すのが後半です。実際にはさらに先があるそうです。
「もう半分」は、三遊亭圓朝作の怪談噺です。「文七元結」とも設定が少しかぶりますが、行商の老人が娘が吉原に身を売って作った50両を居酒屋に置き忘れますが、居酒屋の夫婦はそれを盗んでしまいます。老人はそれをはかなんで身投げしてしまいます。居酒屋の夫婦には子供が生まれますが、その容貌は老人にそっくりで、夜中に行灯の油をなめては、老人が酒を飲む時の口癖だった「もう半分…」を口にするというオチです。
「親子酒」は、親子で酒を止める誓いを立てるが、親子共にその誓いを破ってしまうお噺。サゲの双方のセリフが面白いです。