白井喬二の「神曲 左甚五郎と影の剣士」を読了。白井喬二の1972年の書き下ろし作品。白井喬二の作品はほとんどが雑誌や新聞に連載されたもので、書き下ろし作品とされたものを読んだのはこれが初めてです。1972年といえば、白井喬二はもう83歳です。何でも昔の読者から、以前のような作品を書いて欲しいと頼まれて書いたものだそうです。さすがに戦前の作品に比べるとかなり落ちる作品ですが、主人公の「影の剣士」こと、森十太郎は、なかなか不思議な魅力のある人物です。学者であった父親に学問と武芸を仕込まれて、若くして天才児と呼ばれ、文武両道に優れた人間になるのですが、ある時から逆に身についたものをどんどん捨てていこうとします。その過程で妻を7人変えたりしています。(もっともこれは本人がそういうだけで本当かどうかは分からないのですが。)結果的に剣については、十全剣法というものを完成し、名だたる剣の名人と斬り合ってもまったく危なげなく勝ってしまう程の腕になります。この「影の剣士」が、ある幕閣から、ある人物の顔を持った「貘(ばく)」の像を彫って欲しいと頼まれた左甚五郎の用心棒をします。この幕閣は、政敵を追い落とそうという陰謀を込めて、左甚五郎に像を頼んだのでした。しかしながら、甚五郎はそうした背景をある程度知りながらも、芸術家らしい野心でその像を引き受けます。
これがもしかしたら白井喬二の最後の長編なのかもしれません。そう考えるとちょっと寂しいです。
白井喬二の「神曲 左甚五郎と影の剣士」
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