白井喬二の「帰去来峠」(ききょらいとうげ)を読了。1933年(昭和8年)の作品で「東京日日新聞」「大阪毎日新聞」に連載されたもの。
いわゆる「猿飛佐助」物ですが(この作品では「佐介」の表記)、主人公的な人物が少なくとも三人出てきます。つまり野武士の生駒八剣と、その八剣に父親を殺された鯉坂力之助、そして猿飛佐介です。
物語は、真田幸村の真田家と、平賀源信の平賀家は、一触即発の状態で対立していましたが、両家に「銅鈴」と呼ばれる宝器がそれぞれ伝わっています。しかし、両家ともその鈴には「舌」と呼ばれる音を出す部分が欠けています。この「舌」を手に入れて音を出すと、この鈴の上には、真田家、平賀家のそれぞれの城にまつわる秘密が浮かび上がってくるとされるため、この「舌」をどちらが手に入れるかが、両家の戦いの行方を左右することになります。鯉坂力之助の父親はその「舌」を首尾良く見つけて持ち帰ろうとしていたのですが、帰りの山中で追い剥ぎとなった生駒八剣に殺され、「舌」を奪われてしまいます。このため、鯉坂家は、論敵であった砂田胡十郎からあらぬ非難をあびせられ、力之助は胡十郎と「舌」の行方を巡って争うことになります。そういう訳で、最初は力之助と胡十郎の争いで、それに生駒八剣がからむのですが、途中から中々見つからない「舌」の行方を巡って、猿飛佐介が山の中から召し抱えられて、「舌」の争奪戦に加わります。「舌」はしかしながら、平賀家の帆足丹吾という一騎打ちの得意な武将の手に落ち、佐介と丹吾が対決します。この対決は引き分けに終わりますが、丹吾は何とか「舌」を平賀家の城に持ち帰ります。佐介はそれを取り返すため、単身平賀家の城に忍び込みます。ここがこの小説のクライマックスですが、平賀源信の娘でお呱子(おここ)というのが出てきて、男勝りで才気煥発で勇気もあり、忍術書を研究して佐介対策を立て、佐介をあわやという所まで追い詰めます。
佐介のキャラクターが、山育ちで、真っ正直で思ったことを何でもずばずば言ってしまい、また世の中の不正を許せないと思うという感じで、「富士に立つ影」の熊木公太郎と、「盤嶽の一生」の阿地川盤嶽を併せたようなキャラクターとなっています。
後面白いのが、作中に歴史上の有名な築城家に言及する所があります。赤針流熊木伯典、賛四流佐藤菊太郎、と自身が「富士に立つ影」で創作した人物をちゃっかり歴史上の人物みたいに紹介しています。
白井喬二の「帰去来峠」
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