NHK杯戦囲碁 鈴木伸二7段 対 孫喆7段

本日のNHK杯戦の囲碁は、第67期の一回戦第一局です。黒番が鈴木伸二7段、白番が孫喆(そん・まこと)7段の対戦です。鈴木7段は先期準々決勝まで行きました。孫7段は初出場です。布石はオーソドックスで大きな波乱もなく進行しました。局面が動いたのは、黒が下辺に打ち込み、左下隅のスソアキの弱点を突いていったのに白が手堅く受けて、黒が右下隅の白に肩を突いていってからです。白は肩付きに這わずに黒の間を割く形で反発し、ここから競い合いが始まりました。途中で白が左辺の黒に付けて行き、こちらでも競り合いが起きました。黒が下辺から踊り出したのに白は手を抜いて左辺で好形を得ました。この結果下辺の黒は強化されましたが、白は左辺で黒模様を侵略して黒2子を取り込んで若干の地を確保したのと、左上隅で2子を捨てて上辺で締め付けの形を作ることが出来ました。これに対し黒は左辺の損を取り戻そうと、右下隅で半分取られていた黒2子を継いで、この石を動き出しました。白はこれによって2つに分断されましたが、下辺の方は黒1子を取り込んで先手1眼有りほぼ活きなのと、右辺の白も問題なく治まりました。黒は何とか下辺から伸びる石に連絡しようとしましたが劫形になり結局中央のいい所を白に切られてしまいました。また白が右辺の黒と中央の黒の断点を覗いたのに対し黒が反発して結局中央の黒が切り離されました。この結果は黒が苦戦で、結局一団の黒石が眼2つで活きなければならなくなり、かなり何手も利かしを打たれ、これによって左辺から中央での白地が大きくなり、これで白が優勢になりました。黒は活きるために手を入れる前に白の上辺の構えに手を付けていってここの白地を減らすことに成功しましたが、結局後手で手を入れる必要があり、白に盤上で一番大きな下辺に回られました。実は下辺から中央の黒もまだはっきり活きておらず、白にノゾキから攻められました。黒は2回目のノゾキに反発しましたが、結局中央と下辺の2個所の5子が見合いになり、中央の方を取られてしまいました。これで黒の投了となりました。

三木鶏郎のこと

三木鶏郎(みき・とりろう)ってご存知ですか?戦後に活躍した作曲家・作詞家・放送作家等々のきわめて多芸多才な天才肌の人で、日本で初めてコマーシャルソング(小西六の「僕はアマチュアカメラマン」、TVではなくラジオ用)を作詞・作曲した人です。CMソングでは「明るいナショナル」「キリンレモン」「ミツワ石鹸」「グロンサン」「マルキン自転車」「ルル」「グリコ・アーモンドチョコレート」等々、私の世代でこれらのCMを知らない人はほとんどいないと思います。初期のアニメのテーマソングも手がけ、「鉄人28号」や「トムとジェリー」「遊星仮面」などが三木によるものです。弟子には永六輔や野坂昭如、いずみたく、中村メイコ、なべおさみなどがおり、色んな人材を育てました。
作詞での特長はいわゆるオノマトペの使い方がとても上手い人でした。日本語はオノマトペが豊かなのが一つの特長ですが、鉄人28号の主題歌での「バババババーンと弾が来る、ダダダダダーンと破裂する」とかミツワ石鹸のCMでの「ワ、ワ、ワー、輪が三つ」とかマルキン自転車のCMでの「マルキン自転車、ホイのホイのホイ」とか、枚挙に暇がありません。またほとんどの曲が長調で短調が少ないのも特長です。作曲については大学時代の同期に柴田南雄がおり、自身は諸井三郎に師事した本格派です。TV番組については、1960年代に隆盛を極めるバラエティー番組の元を(ラジオのバラエティーで)作った人と言えると思います。永六輔や野坂昭如は最初はTVの構成作家として活躍し、その2人を育てたのが三木です。