昨日の「トムとジェリー展」で思ったこと。1960年代にハンナ・バーベラのアニメがほとんど毎年のように日本で放送されました。その時日本側のスタッフが単に吹き替えで日本語化して、ということだけではなくて、かなり工夫をしているということです。単純にタイトルだけだって、「チキチキマシン猛レース」は元はWacky racesで「いかれたレース」という意味です。また「スーパースリー」も原題のThe impossiblesよりいいと思います。(原題は、Mission impossible スパイ大作戦 のもじりでしょう。)
また、主題歌も全部日本側で独自に作っています。逆の例で、日本の「マッハGoGoGo」がアメリカに輸出されていてかなりの人気だったのですが、主題歌はアメリカ風にアレンジされてはいますが、元のままです。
さらには「大魔王シャザーン」のシャザーンのセリフの「ハイハイサー」とか「パパラパー」とかはすべて日本側が付け加えた物のようです。さらにはこの「シャザーン」の第1回分については日本語吹き替えを2種類作り、どちらが良いか検討することまでやっていたみたいです。ジャパニメーションに対するハンナ・バーベラアニメの影響は誰も否定出来ないと思いますが、その過程ではこんな日本側スタッフの努力があったのであり、頭が下がります。1960年代は小林信彦が言うように、日本のテレビの黄金時代でした。
ハンナ・バーベラアニメの日本における受容について
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