川口マーン惠美の「メルケル仮面の裏側 ドイツは日本の反面教師である」を読了しました。私はちょっと前まではドイツのメルケル元首相を現在の世界の政治家の中では優れた政治家だと思っていました。しかし最近ちょっと違うのではないかと思うようになり、この本を読んでみました。作者は右よりの人で出版社もPHPなんで、内容には注意して読みましたが、作者はメルケル元首相の才能自体は認めており、また大体において事実を追っていっており、特に偏見丸出しでメルケルを批判している本ではありません。しかし、読み進める内に、今まで知らなかったメルケル元首相の隠れた面が色々見えて来て有用でした。
(1)学生時代にロシア語を深く学び、ロシア語コンテストで優勝してご褒美でモスクワ旅行しているほどのソビエト・ロシア好き。(東ドイツはソ連の東欧支配時代、ソ連から見てワルシャワ条約機構加盟国の中の優等生でした。)
(2)ともかく権力の座への執着が非常に強く、選挙で勝つためにはそれまでと180度政策の方向性を変えても平気。政敵を陥れる権謀術数にも長けている。
(3)東ドイツ出身でしかも女性という政治家が、元々これ以上ない右より政党のCDU/CSU内で出世出来たのはヘルムート・コール元首相が取り立ててくれたからですが、そのコールが1999年に違法献金問題でマスコミに攻撃されると、新聞にCDUはコールと手を切るべきだという論文を発表し、平然とコールを斬り捨てます。(ちょっと小池百合子を思い出しました。)
最近、メルケルがまだドイツ首相だったらロシアのウクライナ侵攻は起きなかったといったことを、根拠も示さず言う人がいますが、話はまったく逆であり、プーチン政権をもっとも支えてきたのはある意味メルケル時代のドイツです。だからこそゼレンスキー大統領はドイツ議会での演説でドイツを強く批判しました。ちなみについ最近までドイツのエネルギー面でのロシア依存度は実にほぼ5割でした。(ウクライナ侵攻前で、石油が35%、天然ガスが55%、石炭が50%)参考までにイギリスは10%未満です。そうなった原因は、メルケルが元々は担当大臣として原発を推進していたのを、2011年の福島原発の事故をきっかけに180度転換して原発廃止に走り、元々の社会民主党や緑の党の原発廃止案よりむしろ過激で短期間での廃止案を実施に突っ走りました。その結果ドイツのエネルギー自給率は大幅に低下し、代替発電の開発も短期間には進まず、家庭の電気代は倍になり、ロシア依存が強まりました。
後はこれはメルケル元首相だけの問題ではありませんが、ドイツの議会における「大連立」のおかしさ。ドイツは西ドイツ時代の1960年代後半と、メルケル政権で2度の合計3度この大連立をやっており、保守のCDU/CSUとリベラル、左のSPD、緑の党、中道のFPDなどが連立を組んでいます。最初の大連立がどうなったかというと、議会内において野党がほとんどいなくなり、政府に反対する野党勢力は議会外で活動しました。これをAPO(Außerparlamentarische Opposition, 議会外反対勢力)と言います。その連中が何をやったかというとテロです。1970年代後半のドイツでは財界の要人の誘拐や殺害、ハイジャックなどのテロ事件が頻発しました。これを「ドイツの秋」と言います。(ファスビンダーの1978年の映画「秋のドイツ」にちなんだ用語)日本でも1970年代前半に左翼が内ゲバやテロに走り一般市民からの支持を失いましたが、この時のドイツでも同じでした。そしてその暴力路線の極左が暴力路線の行き詰まりの打開のために加入したのが「緑の党」で、この政党は元々保守派の環境運動団体でしたが、ある意味極左に乗っ取られました。なので私は緑の党は基本的に信用していません。
次にメルケル時代の2度の大連立(2005~2009年、2013年~2021年)で何が起きたかというと、
(1)メルケルが選挙に勝つため、SPDや緑の党のリベラル政策を積極的に取り入れ、この結果SPDの政策の新味が無くなり国民の支持を失って没落します。(日本で1990年代に自民党と組んだ社会党があっという間に没落したのと似ています。)
(2)本来これ以上右は無いという政党だったCDU/CSUをメルケルがリベラル路線に変えたため、元々の保守の支持層は離れCDU/CSUの代りにAfD(Alternative für Deutschland、ドイツのためのもう一つの選択肢、という意味)という極右勢力支持に流れ、AfDが5%条項を超えてそれなりの議席(2021年の連邦議会選挙では83議席)を確保することになります。(ドイツではワイマール時代の小党乱立からナチスが生れた反省から、得票率が5%を超えないと議席は0という仕組みがあります。)ちなみにAfDは一部でネオナチと批判されています。
まあこんな感じでドイツの政治の状況を整理出来たのは有用でした。メルケル元首相とトランプ元大統領は、ある意味ポピュリズムという同じコインの裏表ですね。しかし民主主義において何かをやろうとしたら選挙に勝つしかなく、政治家がポピュリズムに走ってしまうのはある意味仕方がないのかもしれませんが。