オーディオテクニカのAT-OC9XSHのレビューをAmazonにアップしました。(現時点ではまだ公開されていません。)買ったのはヨドバシですが、前のAT33EVもAmazonでレビューしたのでAmazonにしました。多分ですが、インターネット上では一番詳しいレビューだと思います。
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AT-OC9Xシリーズには、5機種有り、その内パーメンジュール(鉄とコバルトの合金で磁束密度が高い)のヨークとボロンのカンチレバーを備えたのが、上位からSL、SH、MLの3種類。この3つの違いは針先のダイヤモンドチップの形状の違いで、この順で特殊ラインコンタクト針、シバタ針、マイクロリニア針となっています。でこの3種類の中からわざわざSHを選ぶ人は、要するにシバタ針というものの音を一度経験してみたい、という人が多いのではないかと思います。(私がそうです。)このシバタ針というのは元々は、1970年に日本ビクターが開発したCD-4というLPレコードで4チャンネル再生をするにあたって、前後のスピーカーの差分信号を30KHzの搬送波を使ったFM変調でLPレコードの溝に記録したものを再生する必要がありました。この目的で従来の丸針や楕円針より優れた高周波特性を実現するために開発されたのがシバタ針で、名前は発明者が柴田憲男という方だったためです。一言で言えば現在で言うラインコンタクト針の走りであり、丸針や楕円針よりも先端を鋭角にしてより深く音溝に針先が入り込み、左右の音溝との接触が点ではなく長方形に近い線状になります。これによるメリットは周波数レンジの拡大以外に、摩擦が分散されることによる針の長寿命化ということがあります。ちなみに4チャンネル再生は方式が乱立した結果自滅し、CD-4のLPがその後作られることはありませんでした。しかしシバタ針そのものは生き残り、1980~1984年頃に日本ビクターが発売していたMC-1やMC-L10と言った、プリントコイルを使ったダイレクトカップル方式のカートリッジに採用されていました。これらのカートリッジは長岡鉄男が使っていたことで有名です。しかし、シバタ針は結構扱いが難しい面がありかなりマニア向けであり、ビクターはその他のカートリッジでは楕円針に戻したりしており、ダイレクトカップルの最終版のMC-L1000では特殊マイクロリッジ針に変わりました。オーディオテクニカがシバタ針を採用しだしたのは、おそらく日本ビクターの特許が切れた1990年代だと思われ、現在はVM型2種、MC型3種にシバタ針を採用しています。面白いのがオーディオテクニカがシバタ針を採用している理由は、「豊かな中低域再生を実現する」ということであり、高周波特性が優れているという理由ではありません。これは何かと言うと、私の想像ですが、アルミやジュラルミンのカンチレバーに比べ、ボロンのカンチレバーは特性としては非常に優れていますが、聴感上は音が細身に聞こえエネルギー感が乏しいと感じる人が多くいます。特にマイクロリニア針との組み合わせはそうだと思います。これに対しシバタ針はラインコンタクトと言っても接触形状のアスペクト比は、現在のラインコンタクト系の針よりも高くなく、せいぜい2.5倍くらいであり、また研磨の仕方もある程度針先の剛性を維持しているため、マイクロリニア針に比べて中低音の厚みが出て、ボロンによる細身の音を補うという効果があるのだと思います。
前置きが長くなりましたが、最初にこのAT-OC9XSHを聴いた時は「何だこれ?」でした(昇圧にはトランス:AT3000Tを使用)。これまで主に同じテクニカのAT33EVを使って来ましたが、SHの音色と音場に違和感があり、かつトラッキング能力が十分ではなく、ピアノの強音で音割れが生じていました。それでも我慢して聴き続け、LPを20枚くらい再生し、また電動のスタイラスクリーナーで何度か強制的なエージングをした結果ようやく音のビリツキは解消し、また音場や音色も自然なものになりました。その後はAT33EVと比較して音像が立体的で特に前後感が良く出て音場も広く自然です。また金管楽器や電子楽器の音に独特の艶がある一方で弦楽器やボーカルも悪くなく、クラシック、ジャズ、ロックとジャンルを選ばない万能型です。一方中低音の押出し感という点では、いくらシバタ針とはいえ、AT33EVのテーパードジュラルミンによる押出し感までは行きません。総合的にはAT33EVよりは上で良く出来たMCカートリッジだとは思いますが、最近のMCカートリッジの高価格化に合わせて、実売で税込み78,000円前後という価格は、消耗品であるMCカートリッジとしては辛い部分があります。また分析的な音より音楽のグルーブ感を優先するならAT33EVを選んだ方がいいと思います。ただそのAT33EVも発売当初は実売で4万円くらいだったのが、Amazonで現在5万8千円くらいになっており、こちらも気安く買えるものではなくなっていますが。