「ちあきなおみ」をちゃんと聴いてみたくなって、12曲入りベスト盤みたいなのを買ったのですが、その中に「矢切の渡し」が入っていました。これって当然細川たかしので知っていて、ちあきなおみがカバーしているのかと思ったら、何と最初にレコードにしたのはちあきなおみでした!(しかも最初はB面)何でも梅沢富美男が自分のお芝居の中でこのちあきなおみのを流している内に人気が出て、ちあきがA面で再度出し直し、その後細川たかしを含む数人がカバーした、というのが真相のようです。そして作曲者の船村徹によると、細川たかしのは原曲の難しい部分をごまかして歌っていて、ちあきなおみはきちんと正しく歌っているそうです。しかし細川たかしの方が普通の人にはカラオケで歌いやすいため、細川たかしのが大ヒットしたと言っています。しかも、ちあきなおみのはちゃんと櫓舟ですが、細川たかしはモーターボートだと言っています。これは何のことを言っているのか、楽譜を買って両方を聴き比べてみたのですが、全体に「タタタン、タッタ」のリズムが櫓を漕ぐ舟のイメージを出しており、メロディーもそのリズムに合わせています。ちあきはそれを活かすために正しく歌っていますが、細川たかしのはしばしば自分流に音を伸ばして、いわば「がなって」いて雰囲気をぶち壊しているんだと思います。私は細川たかしのこの曲はレコード大賞を取ったのは知っていますが、正直あまり好きではありませんでした。しかしちあきなおみのを聴いて本当に好きになりました。
他にも楽譜を見ながら聞くと色々面白いです。
(1)「矢切の渡し」は「タタタン、タッタ」のリズムで櫓舟のイメージを出しています。これに対し古関裕而の「船頭可愛や」と比べてみると、そちらは「ドンブラコッコ」のリズムでこれは伝統的なイメージのリズムでしょうね。西洋音楽にもバルカロールという舟歌のジャンルがあります。
(2)全体はト長調(G)ですが、女性の台詞が長調なのに、男性の台詞は短調で書かれて、聴いた人には「もしかするとこの男性は女性をどこかで捨てるのではないか」とちょっと思わせます。
(3)同じく長調と短調の対比は「親の心にそむいて」が短調で、「恋に生きたい二人です」が長調でこれも対照的。
(4)「矢切の渡し」の「のーわたーしー」の所がミソソミレミとちょっとトリルみたいな音型で、渡し船の行ったり来たりを表現しているんじゃないかと思います。
以上のこの曲の特長をよく出しているのは圧倒的にちあきなおみの方です。細川たかしのは、自分風スタイルでニュアンスが飛んでしまっています。
(2)の男性の台詞は、ちあきなおみのはちょっと本当にこいつ大丈夫か、信用していいのか、という感じの酷薄さをうまく出しています。