獅子文六の「七時間半」を読了。1960年に週刊新潮で連載されたもの。獅子文六67歳です。何が「七時間半」なのかというと、東京発大阪行きの特急「ちどり」(架空の列車名、モデルとなっているのは特急「はと」)が東京を発って大阪に着くまでが七時間半ということです。この特急列車に乗り込んでいる食堂車のコック、ウェイトレス長、そしてメレボ(女性の列車ボーイ、実際に「はとガール」という女性乗務員がいたみたいです)の3人を中心として色んな人間が登場して話が進行していきます。まずは、1960年当時で、東京大阪間が7時間半もかかったということに、新鮮な驚きを感じます。ちなみにこの物語の4年後に東海道新幹線が開通し、東京大阪間を最初の1年は4時間で結び、その後は3時間10分にまで短縮します。つまりあっという間に半分以下になった訳です。ちなみに現在では2時間22分です。現在の新幹線ではとてもこの話は成立しません。
解説の千野帽子さんは、この小説を「グランドホテル形式」と書いていますが、それよりも私が思ったのは、この小説は大衆時代小説の一つの形式である、「東海道五十三次もの」の現代版だということです。「東海道五十三次もの」の元祖は当然「東海道中膝栗毛」ですが、私が読んだ時代ものの中でも、野村胡堂の「三万両五十三次」や、南條範夫の「月影兵庫 上段霞切り」がそうです。もっともこの獅子文六の小説では東海道はあっという間に過ぎてしまう訳ですが、どの駅で給水するのかとか、どの駅でどんな土産物が売れるのかという情報を細かく書いていて、現代の五十三次ものとしての面目躍如だと思います。
この特急「ちどり」には岡首相が乗っていて、モデルは当然岸信介首相でしょう。そして岸信介首相に対抗するのは、60年安保の時代ということで全学連で、獅子文六はこの2つをうまく話の中に入れてストーリーを作ります。
全体的に深みはまったくないですが、67歳の獅子文六のストーリーテリングの巧さが光る作品だと思います。またグルメであった獅子文六が食堂車というものについて穿った解説をしてくれている小説でもあります。今は新幹線でも食堂車はなくなってしまいましたが、ちょっと懐かしさを感じます。