最近のプロ棋士の碁でのAI風の手の流行について

プロ棋士による「AI風」の手の流行について。
ずっとNHK杯戦の囲碁を見ていますが、最近のプロ棋士の間での、AI風の手の流行ってかなりのものがあります。そういう手が一手もない対局はもうほとんど無い、と言っていいと思います。それらの代表が、5つほど画像でアップしたようなものです。(いずれも局面によっては今までもあったものですが。)これらの手に共通して言えることは、「相手の応手が極めて限定されており予測しやすい」ということだと思います。最近のAIの碁のアルゴリズムの特長は、モンテカルロ法+ディープラーニングだと言われています。この内、モンテカルロ法は、「全ての手を最後まで読み、それにより優劣を判断する手法」と言われます。しかしこの説明は半分間違いで、いくらコンピューターが進化したといっても、19X19の着手点がある囲碁において、着手可能な手の組み合わせを限られた時間ですべて網羅してシミュレートすることは不可能です。なので何らかのアルゴリズムを使い、候補手を絞り込んだ(枝刈りを行った)上での限定モンテカルロ法です。この場合、AI囲碁にとっては、相手がどう応じるか分からないような手であると、それだけ読む量が増えてしまい、結果的にはそれぞれの候補手を十分計算出来なくなります。従ってAI囲碁にとっては、ともかく相手の次の応手がはっきりして限定されている手の評価が必然的に高くなります。それがここに挙げたような5パターンの手であり、いずれも相手の応手はかなり限定されます。例えば肩付きであれば、手抜きを除けば相手の着手は這うか押すかのどちらかです。このことはAI囲碁の候補手の刈り込みにとって大きなメリットがあります。


しかし問題なのはある局面において、そういうAI囲碁にとって都合の良い手が、その局面における最善手とは限らない、ということです。一番最後の画像は、有名な棋聖秀策の「耳赤の一手」(黒27の手)というもので、古来より3つの目的を持って打たれた名手と言われています。しかし、おそらくAI囲碁から見れば、こうしたぼんやりした手は相手の応手が極めて幅広いため、必然的に候補からは排除されてしまうのではないでしょうか。(もちろん時間制限が緩ければ、こうした手を読むことは可能でしょうが、通常はほぼ無いと思います。)故安永一氏は、この一手に対し「つくづく碁は単に計算だけの問題でない気がする。」とコメントされていますが、まさに同感で、AIではない人間が打つ碁はこうあって欲しいと思います。
AIが登場以後、プロの碁である局面の形を決めてしまわず、後の展開によって打ち方を決めるために残しておく、という味わい深い打ち方が減ったように思います。これはある意味では退化だと思います。まあAI囲碁に関してはそのあまりの短時間での進化でショックが大きかったのは分かりますが、もうそろそろ醒めた見方をする棋士が増えて欲しいように思います。故藤沢秀行名誉棋聖は、神様から見たら人間の碁は100の内の2か3ぐらいだと言いました。AI囲碁についてはそれを4か5ぐらいにし、人間を凌ぐようになりましたが、決して神のレベルになったのでは無いと思います。

黒先:桑原秀策 白:井上因碩幻庵 「耳赤の一手」

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