学藝書林の白井喬二全集は全16巻の内半分くらいを所有していました。他で読んでいる巻の分は買わなかったのですが、各巻に付いている「月報」を全部読んでみたかったため、古書店で月報付きの全16巻を重複覚悟で新たに買い求めました。それで思わぬ収穫だったのが「盤嶽の一生」で、巻末に「由公の回顧録」という未読の番外篇があって、読むことが出来ました。未知谷から出ている「盤嶽の一生」は盤嶽がある不正を暴こうとして却って彼自身が捕らえられて牢に入れられ、そこを盤嶽が破牢するところで終わっています。「由公の回顧録」はその後の盤嶽を描いたものです。由公は、盤嶽が浮浪者であったのを引き取って世話した一人です。読んで嬉しかったのは、盤嶽に恋して田舎から出てきたお稲について、盤嶽は逃げ回ってしまってお稲の気持ちに応えることはなかったのですが、この回顧録ではその後12年経ってから二人が夫婦になったことが描かれています。(盤嶽43歳、お稲28歳)この結果はとても気持ちがいいです。また色々と苦労し浪々の身であった盤嶽が、幕府に対し「参勤交代廃止」の建白書を出し、それが採用されることは無かったものの、その見識の立派さが評価されて、ある幕府に仕える学者の相談役みたいなものになっていることが示唆されています。
この阿地川盤嶽は、言ってみれば白井喬二の分身みたいなキャラクターです。そして盤嶽の物語は戦前から戦後へと書き継がれました。「正義」というものの基準が大きく変った戦前と戦後で、盤嶽のキャラクターがまったく変更なく書き継がれている、というのはある意味すごいことだと思います。これで盤嶽ものの未読は、昭和26年12月の「オール読物」に掲載された「盤嶽の仇討」だけになりました。
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