獅子文六の、「金色青春譜」を読了。表題作と「ダルマ町七番地」、「浮世酒場」の3作を収録。「金色青春譜」は獅子文六としての最初の長めの作品で、1934年(昭和9年)に雑誌「新青年」に掲載されたもの。「新青年」はモダニズムで有名な雑誌ですが、そうした雑誌に載っただけあって、実にスタイルがモダンで、現代でも十分通じそうです。むしろ椎名誠とかの昭和軽薄体って、元祖は獅子文六じゃないのかな、とさえ思います。カタカナを多用し、獅子文六らしく英語やフランス語をまき散らし、また漢字に本来の読みとは違うルビを振る…これは小林信彦が書いていましたけど、簡単そうに見えて実はかなりセンスが必要です。お話はタイトルからわかるように、「金色夜叉」のもじりで、大学生のようなインテリ相手の金融業をやろうとするガッチリ太郎こと香槌利太郎(かづちりたろう)が主人公。また小津安二郎の「大学は出たけれど」が1929年で大変な就職難の頃で、そういう意味で就職し損ねた3人の学生がからみ、更に大金持ちの未亡人と利太郎の元で喫茶店の女店員をやっている女性が香槌を巡って争います。しかし最後は美女2人はまるで姉妹のように仲良くなります。「悦ちゃん」でも「信子」でも世代の違う女性2人が助け合う、という話があり、この頃の文六の得意パターンのように思えます。まあお話はどうってことないです。
「ダルマ町七番地」は珍しや、文六のフランス滞在時の体験を色々生かした作品のようで、パリに巣くう日本人留学生達の物語で、そのうちの一人が身投げを装った素人女性もどきに騙されて有り金を全部盗まれたりします。
「浮世酒場」は、銀座八丁の安飲み屋「円酔」に集まる酔客達を描いた話。当時の世相がよくわかります。また軍記作家の景気が良い、というのがあって、この頃から大衆作家の作品が雑誌から減っていて軍記作家の戦争物が増えていったということが分かります。レズビアンが出てくるのが時代を先取りしています。