白井喬二の「金色奉行」を読了。昭和8年から9年にかけて報知新聞に連載されたもの。
猿楽太夫の川勝三九郎(かわかつさんくろう)と安中藩の若者組のエリート藩員である龍胆寺主水(りんどうじもんど)(この主水は「富士に立つ影」の佐藤兵之助を思わせる人物設定になっています)は、多津江という一人の女性を巡って争いますが、この争いは主水の勝ちに終わり、主水は多津江を妻にします。主水は、安中藩に戻って、藩主の密命で江戸に渡り、幕府から安中藩にかけられた嫌疑を晴らそうとしますが、秘かに三九郎の妨害に遭い、交渉はうまくいかず、あろうことか主水は刃傷沙汰に及んでしまいます。そのため、主水は脱藩せざるを得なくなり、多津江を連れてあちこち彷徨いますが、何をやってもうまくいかず、零落します。一方で三九郎は、時勢を見るに敏であり、江戸で次々に出世を重ねていき、特に鉱山開発で幕府を富ませることに功があり、ついには大久保岩見守となり、幕府の政策を左右するまでの立場になります。(実在の大久保岩見守長安も、元々は猿楽太夫でした。)
このように二人の人生の勝負は、一方的に三九郎の勝ちになるのですが、しかし三九郎は、最初の負けが一生忘れられず、世間からは「金色聖人」と讃えられながら、実際は女色にふけり、女人の命を奪ったりします。また、権勢に奢りが出て、秘かにポルトガル商人とつるんで、鉄砲を仕入れ、幕府を転覆させる陰謀をたくらみ、三九郎の死後それが発覚します。(大久保岩見守こと大久保長安は実在の人物で、実際に死後幕府から不正蓄財の嫌疑をかけられて、大久保家は没落します。)
また、多津江はふとしたことから主水とはぐれ三九郎の屋敷に雇われて働いていましたが、ある時に粗相で大久保家の家宝を壊してしまい、七百両の借金を負うことになり、一生飼い殺しの身分になります。主水はこの多津江を救おうと、七百両を何とか入手しようとしますが、結局いかさま博打に手を染めます。最後は何とか七百両を手にしますが、果たしてこれで三九郎に勝ったことになるのか、と自嘲する所でこの小説は終わります。
全体を通じて、人間の幸福とは何なのかを問いかけます。また、脇役ですが、岩松という人物が出てきます。これが「富士に立つ影」の熊木公太郎のような真っ直ぐな性格で、全体の清涼剤になっています。
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