木谷美春さんの「木谷道場と七十人の子どもたち」を読了。筆者は囲碁の故木谷實九段の奥様です。木谷實の内弟子で、木谷道場で育った囲碁棋士を木谷一門と言いますが、私が囲碁を本格的に打つようになった1981年頃、碁界を席捲していたのは藤沢秀行や林海峰を除くとほとんどが木谷一門の棋士でした。思いつくままに挙げると、石田芳夫二十四世本因坊、大竹英雄名誉碁聖、「殺し屋」故加藤正夫名誉王座、趙治勲名誉名人、小林光一名誉棋聖、小林覚9段、武宮正樹9段、故岩田達明9段、故大平修三9段、春山勇9段、上村邦夫9段、小林千寿6段、佐藤昌晴9段、等々、文字通り綺羅星の如く、という形容がピッタリで、後にも先にもこれだけの棋士を輩出した一門はありません。1981年頃のタイトル戦の多くは、木谷一門同士の争いでした。美春さんはその一門の子供達、タイトルにあるように実子7人を入れて70人近くもなる子供達の面倒をみて皆から「お母様」と慕われた方です。元々信州地獄谷温泉の宿屋の出身で、美人姉妹の一人として文士などに知られていたようで、ある時ここを訪れた故木谷實9段が一目惚れして求婚したようです。呉清源と木谷實の二人でいわゆる「新布石」を産み出したのもこの地獄谷温泉で、奥さんの実家ででした。戦後の食糧不足の時代は自ら畑仕事をして食べ物を作り、これだけの数の子供達、中には趙治勲名誉名人のように6歳で韓国から日本にやってきた者や、小林兄弟の末っ子の覚9段のように4歳で入門した人もいます。おそらく非常な苦労があったと思いますが、この本では淡々と描写されて、楽しい思い出だけが語られているように思います。この本を読んだだけで、何だか半目ぐらい囲碁が強くなった気がします。なお、美春さんはこの本の執筆中に亡くなられ、出版をご自分の目で見ることがなかったそうです。合掌。