アンソニー・ホープの「ゼンダ城の虜」を読了。
この作品を読んだのは、この所日本の大衆小説ばかりを読んでいたので、たまには翻訳ものを、という動機ではありません。
白井喬二の「珊瑚重太郎」がこの作品のパクリではないか、ということを書いている評論家がいるので、その真偽を確かめるためです。
結論として、「容貌がそっくりで身分が違う者が入れ替わる」という点以外に、「珊瑚重太郎」が「ゼンダ城の虜」の設定を借りている所はまったくなく、白井はまったくの「白」でした。大体、この「容貌がそっくりで身分が違う者が入れ替わる」というのは、マーク・トウェインが1881年に「王子と乞食」で最初に使ったもので、Wikipediaによれば「待遇は異なるが容姿が似ている登場人物が入れ替わって周囲から誤認されたままとなるストーリーについては、ストーリー類型のひとつとして成立し、その後も様々な作者の手によって同様の形式を持つ作品がよって作られている。」なのであり、ホープの作品も白井の作品もその一つに過ぎません。この「王子と乞食」は明治時代から翻訳が出ており、1927年に村岡花子によって新しく日本語訳されたものが出ているので、白井が影響を受けたとすれば、「王子と乞食」であると考える方が自然です。ちなみに「ゼンダ城の虜」は1894年で、珊瑚重太郎は1930年です。
「ゼンダ城の虜」は後半の本当の国王をゼンダ城に救いに行く話が面白いですが、全体としては白井の「珊瑚重太郎」の方がはるかに面白いと思います。特に「ゼンダ城の虜」は国王に入れ替わった後、ラッセンディルはうまくその役をこなして、特にはらはらする場面はありませんが、「珊瑚重太郎」では、ある大名屋敷の若殿様に入れ替わった主人公に次から次に難題が降りかかり、それが非常に面白いです。特に大名屋敷とある貧民長屋の争いで、主人公が裁判の両方の当事者になってしまって、一人二役をお奉行所で演じる様は爆笑ものです。
ここに改めて書きますが、「珊瑚重太郎」は「ゼンダ城の虜」のぱくりなどではなく、日本版「王子と乞食」とでもいうべきもので、白井の傑作の一つです!
その後調べた所によると、山手樹一郎の「桃太郎侍」(TVのではなく原作の方)こそ、「ゼンダ城の虜」を日本を舞台に翻案したものだそうです。