白井喬二の「富士に立つ影」読み直し 孫代篇

白井喬二の「富士に立つ影」の読み直し、孫代篇を読了。さしもの好漢、熊木公太郎も佐藤兵之助の部下の銃弾により命を落とし、かたや佐藤兵之助の方も、鉄砲の名人の一つ玉の国蔵に狙われ、国蔵がやはり部下の銃弾に倒れたため弾が逸れ、命こそ助かったものの膝に銃弾を受け、哀れにもビッコになってしまいます。
一方で、その兵之助とお園の子兵吾は、武士を憎み船大工の修行をしていましたが、ふとしたことからをれを止めて、侠客上冊吉兵衛の配下に加わり、侠客として名を上げていきます。思えばこの兵吾こそ、熊木伯典と佐藤菊太郎の両方の孫であり、ある意味そのどちらの才覚も受け継いでいます。そして結局は佐藤家・熊木家のどちらもが本当の意味で達成出来なかった世俗的な成功をもっとも良く果たします。また成功した後は、母親お園のそれまでの苦労に感謝して楽な暮らしをさせてやるという、この物語の中では、熊木公太郎と並ぶ好漢として描かれます。
それと対照的なのが、その父親である兵之助であり、いまやビッコを引きながら、父親の仇を討たんとする熊木城太郎から逃げ回る惨めな存在に落ちぶれます。かつての仲間や部下からは煙たがられる存在になります。また兵之助は生きてきた証にしようと自伝のようなものを作成しようと一旦は決意し書き始めますが、その内容は自分の都合の良いように事実をねじ曲げたものでした。ある意味素直に過去をありのままに振り返り、兵吾やお園に詫びる気持ちでもあればまだ救いがあるのでしょうが、自分の才覚をただ自分の出世にだけ使って来た男の晩年はみじめこの上ないです。
また不思議なのが公太郎の子の城太郎で、調子のいい時と悪い時が交代する二重人格のような人間として描かれています。調子の良い勝ち番と呼ばれる時は、剣の腕で通っている道場の師範の腕をも上回ります。一種の双極性障害(躁鬱病)なのかもしれませんが、このことが城太郎の敵討ちを困難にします。(逆に言うと読者をはらはらさせるという意味では上手い設定です。)
その城太郎を助けるのが、公太郎の親友であった大竹源五郎です。しかし源五郎は熊木家に足繁く通う内に、公太郎の未亡人である貢に恋した自分に気づき、それを恥じて自殺してしまいます。豪放磊落に見えて実は潔癖であり、あまりにも悲しい結末です。
この篇の最後で、ようやく勝ち番になった城太郎は、源五郎の自害にも気がつかず、兵之助と光之助が話あっている所へ斬り込みます。

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