北杜夫の「楡家の人びと」第三部

北杜夫の「楡家の人びと」第三部を読了。この第三部は最初から最後まで太平洋戦争に翻弄される楡家の人びとを描きます。長男の峻一は軍医として南方に送られ、ウェーク島の守備につきますが、そこはアメリカ軍の総攻撃を受けます。幸いにアメリカ軍は上陸して来ませんでしたが、米軍の勢力圏の中に取り残され、食料が不足し、餓死寸前になります。基一郎の次男であった米国(よねくに)は、常に自分は不治の病を患っていてと言っていましたが、招集されて中国戦線に送られ、自分は病気であるという訴えも相手にされず、結局帰って来ませんでした。徹吉の長女の藍子は、兄峻一の友人である城木達紀を愛しますが、南方に送られた城木は戦死してしまいます。また藍子は昭和20年5月の山の手空襲で、地上に残っていた不発弾が突然爆発し、美貌を誇っていた顔にひどい火傷の跡を負います。その山の手空襲で、楡医院の青山の病院は灰燼に帰します。世田谷区松原の方の医院も、当時はかなりの郊外であったのに焼夷弾の集中爆撃を受け、全てが焼け落ちます。一方山形に疎開していた徹吉は、第二の仕事として取り組んでいた精神医学の日本語の教科書を書くために集めていたカルテ類が、戦火ですべて焼失して意気阻喪し、また散歩中に左半身不随になります。また北杜夫自身である周二は戦争中に勤労動員されて十分勉強できず、高校に入学する試験に落ち続けます。(実際の北杜夫は麻布中学時代の成績は259人中6番であったとWikipediaにあり、かなり優秀だったみたいです。)そんな中、戦争が終わっても希望が見いだせない楡家にあって、基一郎の長女である龍子だけが一人気を吐き続けます。この龍子こと実名は斎藤輝子については、北杜夫の娘である斎藤由香が、「猛女とよばれた淑女―祖母・齋藤輝子の生き方」を書いています。
三部通して読んで、事前に予想した晦渋さ・読みにくさはまるでなく、決して明るいことばかりでない楡家の人びとの運命について、ある種のユーモアを忘れることなく、明治・大正・昭和の三代においてのそれぞれの姿を生き生きと描写した、なかなかの傑作であると思います。

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