古関裕而リンク集追加増補版

古関裕而名曲リンク集(以前一度公開したもの大幅に拡充しました。)

1.オリンピックマーチ
https://www.youtube.com/watch?v=F3ZGwt9aQxc
いわずと知れた1964年の東京オリンピックの開会式の入場行進で使われた名曲です。
最後の箇所で君が代の「苔のむすまで」のメロディーを引用して終わります。
同じ手法が1942年の軍歌「皇軍の戦果輝く」でも使われています。

2.栄冠は君に輝く
https://www.youtube.com/watch?v=A3pd2U_6Fxk
これも夏の甲子園で大会歌として1948年以来未だに歌われ続けている名曲です。
前奏が「オリンピックマーチ」とそっくりですが。
作詞は石川の加賀大介氏。ちなみにこの加賀氏はあのゴジラ松井と同じ小学校の出身で、地元では松井はこの加賀さんの生まれ変わりではないかと言われているそうです。

3.スポーツショー行進曲
https://www.youtube.com/watch?v=U57An6MqZhw
NHKのTVのスポーツ中継の時に冒頭で流れるもの。聴けばすぐ分ります。
小学校の時の運動会の行進はいつもこれでした。
冒頭の部分は、戦争中の「嗚呼神風特別攻撃隊」の前奏とほぼ同じです。

4.阪神タイガースの歌
https://www.youtube.com/watch?v=1rXn3kg-sn4
いわゆる「六甲颪」で阪神ファンで知らない人はいない曲。上記リンクは最初のバージョンの「大阪タイガースの歌」です。

5.闘魂込めて
https://www.youtube.com/watch?v=7MMad7Lzg84
阪神の応援歌を作曲したかと思えば、巨人の応援歌も古関裕而。巨人の応援歌としては三代目で、ちなみに初代の応援歌も古関裕而の作曲です。

6.紺碧の空
https://www.youtube.com/watch?v=M-AlZLeVxgg
早稲田大学の7番目に作られた応援歌ですが、今では一番歌われる応援歌になりました。早稲田出身の人でこの歌を歌えない人はもぐりです。

7.我ぞ覇者
https://www.youtube.com/watch?v=EryNYyQs3F0
と思ったら、早稲田の永遠のライバル、慶応大学の応援歌も古関裕而。6に対抗して作られた感じで歌詞の中に「早稲田を倒せ」とありますし、タイトルも6.の歌詞の「覇者、覇者、早稲田」に対抗しているようです。ただ、これは慶応の応援歌の中の一つというぐらいの位置付けで、早稲田における「紺碧の空」ほどの位置付けではないようです。

8.露営の歌
https://www.youtube.com/watch?v=gRKy0VcWru8
古関裕而は戦前は多数の軍歌を作っており、最初に大ヒットしたのがこれです。出征兵士を見送る催しで必ずといっていいほどこの歌が歌われました。独特の哀感が特徴です。

9.長崎の鐘
https://www.youtube.com/watch?v=z-000VudpMg
古関裕而は戦後、自分が作った軍歌を歌いながら死んでいった若者のことを考え深く反省し、戦後は平和の歌を多く作っています。その中でももっとも有名なのがこの曲で、長崎で原爆患者の治療にあたりながら、昭和25年に長年のレントゲン治療の際の被爆による白血病で亡くなられた永井隆医学博士の映画「長崎の鐘」の主題歌です。戦後の歌謡曲のベスト50に必ず入る名曲です。
短調で暗く悲しく始まり、途中で「なぐさめはげまし」で長調に転じて、希望を持たせる最後になっています。

10.とんがり帽子(鐘の鳴る丘)
https://www.youtube.com/watch?v=zEc5ViEq8XQ
NHKで戦後800回以上も放送された戦災孤児を集めた施設を作る青年の話のラジオドラマ「鐘の鳴る丘」の主題歌。元々は、やはり孤児向けの施設をアメリカで運営していたフラナガン神父の来日に合わせて、GHQから指示があって菊田一夫が台本を書いて古関裕而が音楽を担当して作られたものです。その当時は録音ではなく全て生放送で、主題歌も毎日演じていた小学生が歌って古関がハモンドオルガンで伴奏していたようです。「鐘が鳴りますキンコンカン」のフレーズはあまりにも有名です。

編曲名人としての古関裕而。
Eugene Cosman & his orchestraというのはユージン・コスマン→ユウジ・コセキで単なる古関裕而指揮のコロンビアのオーケストラです。

11. 別れのワルツ(蛍の光)
https://www.youtube.com/watch?v=C1TI4qc765M
本当のAuld Lang Syneは4拍子ですが、映画「哀愁」ではワルツのシーンにこの曲が使われ、古関も3拍子で編曲しています。
2.のアニー・ローリーと合わせて日本全国で閉店や終わりの合図の音楽として使われました。

12. アニー・ローリー
https://www.youtube.com/watch?v=GeJeXiI69bE

13. ラジオ体操第1(原曲は服部正でご承知の通りピアノ)(27分53秒頃から)

古関裕而は「鐘」が付く曲を何曲も作っています。おそらく平和の象徴的な意味だったのでしょう。

14. 長崎の鐘(前のとは別動画)
https://www.youtube.com/watch?v=GZIWyITXDhw

15. フランチェスカの鐘
https://www.youtube.com/watch?v=eDjkMna9MV4

16. ニコライの鐘
https://www.youtube.com/watch?v=AoFQeeNfEGo

17. 若鷲の歌(予科練の歌)
https://www.youtube.com/watch?v=thPYr3c0JU0
「若い血潮の予科練の」で始まる有名な歌。古関は戦争中にこの歌を歌いながら南方に特攻へと飛び立った兵士から手紙をもらったそうです。

18. 皇軍の戦果輝く
昭和17年前半の日本軍がまだ勝ちまくっていた頃のニュース映画に使われた歌。
驚くのは最後の所が君が代の引用で、オリンピックマーチとまったく同じ。
https://www.youtube.com/watch?v=nCMDOBfR9Cc

19. 高原列車は行く
「汽車の窓からハンケチ振れば」の明るくさわやかな曲。古関の奇をてらわないまっとうなスタイルが良く分る曲です。
https://www.youtube.com/watch?v=0Xdyuxuszeg

20. 中日ドラゴンズ球団歌「ドラゴンズの歌」
阪神と巨人だけでなく、ドラゴンズも古関裕而。古関本人にはあまり野球の知識は無く、特にこだわりは無かったようです。
https://www.youtube.com/watch?v=8GEJ6x7qCFc&t=1s

21. モスラの歌
古関裕而は何とこんなものまで作っていました。歌っているのはザ・ピーナッツです。歌詞はインドネシア語です。作詞は初代ゴジラの監督でこの映画の監督でもある本多猪四郎。
https://www.youtube.com/watch?v=G7AYWANc2pk&list=RDG7AYWANc2pk&start_radio=1&t=1

22. 幸子の子守唄
https://www.youtube.com/watch?v=RuZyEdpp5jY
古関裕而が孫の幸子ちゃんのためにパンチカード式オルゴールで作った曲。そのプライベートな曲にライブユニット喜多三(古関裕而の生家の呉服問屋の名前にちなんだもの)の古関正裕(古関裕而の長男)と鈴木聖子が歌詞を付けて2015年にCDに収録したもの。古関裕而の優しい人柄が良く分る曲です。日本を代表する作曲家のおじいちゃんが自分のためだけに子守唄を作ってくれるなんて最高ですよね。きっと幸子さんにとって一生の宝物になったんじゃないかと思います。

23. アイウエオの歌
https://www.youtube.com/watch?v=3KpfRUrvlpA
1945年4月に公開された長編アニメ「桃太郎 海の神兵」の挿入歌。実際にはこのアニメのために初めて作られたのではなく、東南アジアの日本占領地域で現地の子供に日本語を教えるために作られたもののようです。なので作曲は古関裕而ではない、という人もいますが、私が聴く限りこのメロディーは間違いなく古関裕而だと思います。なお、手塚治虫はこの映画を封切時に観て、この「アイウエオの歌」のシーンに感激し、自分も漫画映画を作ろうと決心したのだとか。(後の「ジャングル大帝」でジャングルの動物が人間の言葉を覚えるシーンがあって、それがこのシーンの影響だということです。)

24. 船頭可愛や
https://www.youtube.com/watch?v=0ObOhAeRh1E
コロンビアレコードに専属作曲家として入社した古関ですが、同期の作曲家の古賀政男(すすり泣くギターの古賀メロディーで有名、「エール」では木枯正人という名前。)が「酒は涙かため息か」のような大ヒット曲を出す一方で、どうしてもクラシック音楽からスタートしている古関は流行歌が書けずに苦労しますが、ようやくヒットしたのがこの「船頭可愛や」です。歌手は音丸という芸者みたいな名前ですが、ちゃんとした家庭の女性で芸者風の名前を付けただけです。(この動画ではソプラノ歌手の藍川由美さんが歌っています。)

25. 君の名は
https://www.youtube.com/watch?v=Dbwv_uo33qc
「君の名は」というと今は新海誠監督のアニメ「君の名は。」の方でしょうが、元祖はこちらで1952年から54年のラジオドラマです。このドラマが始まると銭湯の女湯が空っぽになったという伝説のあるドラマで、1953年に岸惠子、佐田啓二主演で映画になりました。以前佐渡に行った時、尖閣湾揚島遊園という所に行ったらこのドラマのロケがそこで行われたということで展示がありました。

26. 英国東洋艦隊潰滅(マレー沖海戦勝利の歌)
https://www.youtube.com/watch?v=ZWPvNIz8KLo
1941年12月10日、太平洋戦争が始まってまだ3日目でしたが、日本海軍はイギリスの東洋艦隊の旗艦戦艦プリンス・オブ・ウェールズと高速巡洋艦レパルスを、マレー半島沖で飛行機の攻撃(爆弾と魚雷)だけで撃沈します。プリンス・オブ・ウェールズは当時のイギリスの最新鋭戦艦で「不沈艦」と言われていました。(当時のイギリスの首相チャーチルにとって、第2次世界大戦中で一番ショックだった知らせがこの2隻撃沈の知らせだったそうです。)この戦果の大本営発表は同日の16時でしたが、古関裕而と作詞の高橋掬太郎は、NHKから19時のニュースの時に使いたいからと急に曲作りを依頼されます。古関と高橋は電話で連絡を取りながら急遽この曲を作り、古関が編曲しているのを歌手の藤山一郎が側で聴いて曲を覚え、目出度く19時のニュースで放映されました。まあ軍歌そのものですが、今聴いてもわくわくするような曲であり、当時の人が熱狂したのも良く分ります。なおこのメロディーは、後にサトウハチローが別の歌詞を付けて「断じて勝つぞ」という軍事歌謡で再利用されます。

27. アニメンタリー「決断」主題歌
https://www.youtube.com/watch?v=Yo6I6aTzRWs
1971年の4月から9月にかけて、ガッチャマンとかタイムボカンシリーズで有名なタツノコプロが、何と太平洋戦争を題材にしたアニメを作っていて、アニメ+ドキュメンタリーでアニメンタリーと称していました。当時観ていましたが、内容は決して戦争賛美ではなく、それぞれの戦いでの指導者の「決断」がどのように結果を分けるかというものでした。しかしPTAからは評判が悪く、特に主題歌が軍歌そのものだと言われました。それで誰が作ったか調べてみたら、作曲者は古関裕而…

28. コロンビア応援歌(晴天直下)
https://recochoku.jp/song/S20269055/ (部分)
昭和10年に古関が所属していたコロンビアの川崎の野球部が都市対抗で準優勝した時に作られた応援歌です。阪神タイガース応援歌の六甲颪と歌詞もメロディーも共通するものがある曲です。

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