薬剤師(無資格者)にCOVID-19のワクチン接種をさせようとする動きについて

現在、Change.orgで「日本の薬剤師がCOVID-19のワクチン接種が出来るように要請しよう」という署名活動が行われて、ある方がそれをFBでシェアしました。それに対して私は色々疑問点や異論をぶつけました。この署名要請で、医療行為を行う資格の無い薬剤師がワクチン接種の注射を行っていいのかという当然の疑問に対し、「英国はトレーニング受けたボランティアが新型コロナワクチンの接種をしているので、医学的な知識がある薬剤師さんが接種(筋肉内注射)を担当することは問題ありません。」という説明がされています。
まず、イギリスで無資格者がトレーニングを受けて接種をするということが行われているので、日本でもそれをやっても問題ありません、という意味不明の説明についてまったく賛同出来ませんが、イギリスの事例についても以下のような特殊事情が背景にあるということを説明します。
イギリスのこのボランティアによるワクチン接種が進められている最大の理由は、イギリスのNHS(国民健康保険制度)をベースにした医療体制が、近年財政難によって極度に疲弊し縮小しており、NHSだけでは大規模な接種を迅速に進めるのが100%不可能だったということが挙げられます。(NHSのボランティア募集の中に「我々だけでは100%達成不可能です」と書いてあります。)以前、オンライン英会話でイギリス人の複数の先生からこの関連の話を聞いたことがありますが、単純な風邪レベルの病気で開業医に診察を受けようとしても、まずは予約が必要で、通常10日~2週間は待たされるということでした。この原因はイギリス政府が健康保険制度の赤字を抑えるために、保険報酬の引き下げ等を進めた結果、開業医が儲からない仕事になり開業医になる人が減少した結果だと聞きました。
ちなみに、Brexitに何故多数の人が賛成したかというと、Brexit推進派がキャンペーンで「EUを離脱すればEUへの上納金を支払う必要が無くなり、そのお金でNHSを再建出来る」と訴え、多くの人がそれに魅力を感じたのが一つの大きな理由です。しかしこの一種の公約はBrexitの決定後、まったくの嘘であったことが判明しています。その嘘を撒き散らした張本人の一人が、現首相のボリス・ジョンソンです。ということは、もし現行のNHS体制下での本来の有資格者だけでワクチン接種を進め、予定通り進まなかった場合は、ボリス・ジョンソンは過去の公約を反故にしたことについての批判を改めて受ける可能性があり、弥縫策としてボランティア利用を進めたという可能性もあるかと思います。
そういう背景の元で、イギリスでボランティアをトレーニングしてワクチン接種をさせるということが行われているのは、それが合理的とか美談とかの話ではなく、NHSだけではどうやっても不可能なので窮余の一策として考え出された「禁じ手」であるということです。
以上のような背景を理解すれば、イギリスで実例があるから日本でもOKということにはまるでならないのは、誰でも容易に理解出来ることです。この話がほとんど報道されていないのも当り前で、イギリスにとってはこの話をアピールすることは自国の健康保険制度がそこまで崩壊していることを世界に示すことになります。また、欧州のEU所属各国はイギリスよりワクチン接種に関して遅れていますが、今の所どこもイギリスの真似をして無資格者にワクチン接種をさせようとはしていません。
この署名依頼を出した人は善意でやっているのかもしれませんが、英語のことわざには「地獄への道は善意で舗装されている」というのもあります。まずは通常の医師や看護師の有資格者でどこまで出来るのかの十分な検討なしに、こんな短絡的で医療事故を起しかねない提案には安易に賛成すべきでないと思います。

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